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電力改革の「骨抜き」懸念

 一昨日の26日に参議院議員で安倍首相の問責決議案の可決のやりとりの最中、「電気事業法改正案」が廃案となった。皮肉なことに新聞記事が数行にわたってなので、そのまま書きます。
 『電気事業法改正案が廃案となった。政府は今秋の臨時国会に改正案を再提出する方針で、実施予定に大きな影響は出ないとしている。ただ電力業界や与野党内では改革への慎重論がくすぶっており「今回のつまずきで改革が骨抜きになる時間的な余地が生まれた」(経済産業省関係者)との懸念もある。』
 ショートコメントを語らせていただくならば、「参議院選挙前に大手電力会社と業界・労働組合が手を組んでロビー活動を展開した賜物」です。「骨抜き」とは、一部既得権者が生き残る仕組みを仕掛けるということです。「ザル法にして既得権を残す」ということです。通信カラオケに関わる周辺諸法律の抜け道と少し似ている。
 これらは、私を絶望の淵に追いやった、かなりの問題ではあります。
 がしかし、それは今後の経緯を注視するとして、ずーと取り上げようと思って、そのままになっていた記事の「見出しと抜粋、リンク」を貼らさせていただいて、今日は終わりにしようと思います。
 *蛇足ではありますが、この前、久しぶりにアクセス数がどうなっているか調べてみたら、落選翌日に519件もあった。これは、最初で最後の数字に違いないという数字です。いつもなら、多くて100件を少し超えるぐらいなのです。ずーと「有権者から負託を受けた身である」という立場から、私の行動・報告をまめにしてきましたが、一生懸命書いてもそんなもの、それが結果報告を数行書いただけで、その5倍である。世の中、そんなものなのか~とも思った瞬間でした。

  ①2013年5月20日(政経週報)「くらし2013」-専業主婦の年金不整合問題
 「第3号と思い込み」「過払いの返還求めず」「報われない女性も」、不整合第3号は165万人
 ②2012年7月17日(読売新聞)「論点」-宮口侗廸(としみち)氏 ←不名誉かも知れませんが、私の母の従弟
 「過疎地、離島の振興」「人間論的価値の観点で」
 ③2012年8月19日(富山新聞)「ひがしにし」-富山でバラカンさんトーク
 「ビートルズにぶっ飛んだ」「60年代の英国音楽語る」
 ④2012年7月30日(読売新聞)「映画」-細田守監督
 「おおかみこどもの雨と雪」「成長の過程、自然な表現で」
 ⑤2012年8月18日(読売新聞)「昭和時代・第2部・戦後転換期(1965年~79年)・第18回」-三島由紀夫
 「元禄の世、衝撃の自決」・・・「ノーベル文学賞を逃す」・・・「川端康成・人物抄-末期の眼と新人発掘の眼」
 「自衛官を前に演説」・・・三島は「諸君は武士だろう、武士ならばだ、自分を否定する憲法をどうして守るんだ」「諸君の中に、一人でも俺と一緒に立つ奴はいないのか」と呼びかけた。だが、応じる者はなかった。30分の予定だった演説を「天皇陛下万歳」を叫んで10分で切り上げ、再び総監室に戻った三島は、古式にのっとって自決を果たした。森田がこれに続いた。・・・
 「長編『豊饒の海』」・・・三島は1967年元旦、読売新聞に「年頭の迷い」という随筆を寄せている。『豊饒の海』完成にあと5年もかけては<もはや花々しい英雄的末路は永久に断念しなければならぬ>という内容だった。「英雄的」な年齢で生を完結させることに、三島は固執した。老いた自分を想像するだに絶え難いと言い、「斬り死にしてやる」と口にするようになった。
 だが、大げさに話して相手をきょとんとさせておいて、呵々大笑するのが三島の癖。「深刻に受け止めたことはなかった」と小島は語る。加えて小島の中には、三島を信じる支えになっていた言葉があった。『豊饒の海』第2巻「奔馬」最終回の原稿を、三島邸のバルコニーで渡された際、三島はこう言った。「どんなことが起ころうとも、僕は家族と共にある生活を選ぶ」・・・
  「昭和の昭和による復讐」「『縦の会』結成」・・・68年の「中央公論」7月号では、「文化防衛論」を発表。<文化を守るには、他のあらゆるものを守ると同様に力が要り、その力は文化の創造者保持者自身にこそ属さねばならぬ>と主張し、同年10月に結成した「縦の会」では、自衛隊体験入隊1か月以上を入会資格とした。・・・
 「東大全共闘との討論」・・・同年5月、駒場で開かれた東大全共闘主催の討論会に乗り込んだ三島は、安田講堂事件について「天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろう」と言い、「諸君の熱情は信じます」と共感を示した。
 会を企画した一人で評論家・小阪修平は、この「共感」とは<暴力の肯定、直接行動主義などさまざまだったが、もっとも大きなものは、戦後民主主義的知識人の偽善の否定と、自身にたいする誠実さが相手に見えたということだったろう。戦後社会の作り出した欺瞞と手を切るという一点で、奇妙な一致が成立していた>と書いた。・・・
・・・ 三島は「檄」に書いている。<われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失なひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た>
 文学、美学、国家、天皇。死の意味を巡り、さまざまな論が立てられたが、答えは出ない。
 評論家の松本健一は、知識人と大衆、右翼と左翼、都市と農村、近代と土俗などの二項対立が昭和40年代に次々と崩壊し、45年の三島事件で「右」が、47年の連合赤軍あさま山荘事件で「左」がそれぞれ喚起力を失って、高度大衆社会に移行していく―と指摘している。
 「証言」-純粋無垢な少年のまま- 18年交流があった歌手・俳優の美輪明宏さん

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