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政治活動に関わって…そして4年前の政権交代前夜は何だったのか?

トレンドをリフレへ、そしてアベノミクス、規制改革が話題になっているが、その中でも事業規制。…事務次官会議を民主党政権で廃止にしといて、あまりにも官僚がパージ(職場放棄)するものだから「野田首相の時に音をあげて官僚主導に戻った」といわれているが…、事務次官会議を実質的に復活させよう!という動きは、自民党らしい。特に事業規制関係は、高度経済成長時代に、あらゆるものを統一(モノトーン)させといた方が、同じようなものを大量生産して国民総生産を上げてきた時代には正しかったのだろう?
先進国の成功例だけ(中でも官僚等の利権や既得権・縄張りに都合の悪いものは排除)をキャッチアップして、官僚のトップたちが政治を決めて(省庁の利害関係を調整して)動かすようなやり方が時代遅れで、そのような組織は「誰も手を付けたことのないような未開の地に踏み込んでリーダーシップを発揮する」なんてことができないものだから、私に言わせればバブルが始まった1984年のプラザ合意(土地を上げるしか脳の無かった、羅針盤なき成り行き政治)から30年も経っているが、失われた20年(バブル崩壊時からの特に地方を中心に展開させた財政政策≒補助金や交付金制度・交付税措置)となり、先史以来の前代未聞の今に至る借金地獄になって行った。
何れにせよ、各省庁間の調整を(一般人の百倍も)得意技とする事務次官会議のようなところに「丸投げ」したところで、退官後に指定席(天下り)がある彼らに「腹を切る覚悟」なぞある訳がなく、「堂々巡り」がまた始まれば、3本目の矢は打ち上げ花火とはならないどころか、地獄を見るかも知れない。
兎にも角にも、金融政策で世が湧いて(喜怒哀楽)、肝心の構造改革は「何処行く風」、出先改革や統治機構改革は何処へ行ったのだろう。そもそも金融政策や財政政策だけで上手く行くはずがないのは、私たちが此処30年で学んできた歴史ではないか。
思い出せば15年間、石井紘基氏と出会って、政権交代を夢見て、それを果たしたのが4年前。私が「改革が成功するのも失敗するのも、新たな政治任用制度(ポリアポ)の確立!」と言ってきたが、結果その場しのぎ的で「やはり生煮え」で、「日本の再生」と「お任せ民主主義からの脱却」という一斉一隅のチャンスを失った責任は民主党にある。
政権末期に鳩山政権・副官房長官だった「松井孝治」氏が次のようなコメントを朝日と読売に残しているので、私たちが応援してきた証を忘れないためにも、日本の将来があるとしたらそのためにも、次に紹介して終わりにしたいと思います。明治維新以来の革命期の今こそ!忘れてはいけないことなのだ。

以下…朝日新聞(2012年7月22日)…
「私がやりたかったのは通産官僚だった時から手がけた行政改革と統治機構改革。橋本行革で一部は進んだが、まだやるべきことがあると政治の世界に入りました。」
…統治機構改革は道半ば…
「正直、半ばも行ってない。改革がうまく行く中で、次世代にバトンを渡したかった。」
…引退後は?…
「公職を終えても、何か他の専門分野に戻って行く社会の流動性は必要で、外国ではそれが普通。日本でそれが珍しいのは、政治を何か特別なものにしてしまっているからではないでしょうか」
…民主党の目指す政治主導の挫折…
「(自民党政権時代の)経済財政諮問会議がいま機能していれば、例年5月から6月に『骨太の議論』をし、予算編成に入った。現状では、諮問会議をパワーアップしてスタートするはずの国家戦略局が機能停止し、諮問会議ができる前の予算編成スタイルに戻ってしまった。これは政府・与党が真剣に反省しなければならない。オープンに議論し、リーダーが最終判断して国民に訴えていく場を作らなければならない。それが私の考える国家戦略局だ」「大事なのは、予算編成の細部は財務省など各省に任せても、大きな枠組みは政治が決める。ただし政治家は官僚とコミュニケーションをとり、使いこなさなければならない。それが初代の鳩山内閣では少々おろそかだった」
「民主党はいま、アイデンティティー・クライシス(自己喪失)に陥っている…民主党はそもそも何をめざす政党なのか、再認識しなければならない。国民からもう一度、民主党に期待していただくには、そのプロセスを避けては通れないと思います」
以下…読売新聞(2012年8月12日)…
…普天間問題で最後まで鳩山さんと相談していたのは、平野官房長官ら一握りのスタッフだけで、内政担当の私はもちろん、外交担当の松野官房副長官すら、実質的に中身の相談を受けていなかった。外務省や防衛省の役人も完全に退けられてお手上げの状態だったと聞いています。誰がほかの人たちを遮断したのか、という話は勘弁してください。…
内政では、政治主導が大きなテーマでした。それを具体化する両輪となるはずだった国家戦略局と内閣人事局の創設は、政権最初の臨時国会を大幅に延長してでも実現させるべきでした。思い返せば、全部タラレバの話なんですけど。
施政方針演説など国会の演説は、わりと思い通りに書けました。中央官僚時代に村山、橋本両内閣に仕え、総理の演説が各省のエゴで作られる実情を知っていたので、鳩山内閣では各省から(個別政策を記した)「短冊」は集めず、鳩山さんと直接相談して骨格を決めました。指導者には理想を語る言葉が不可欠だし、理想を軽々と語れる鳩山さんだからこそ、ああいう演説ができた面はあります。…
民主党が政権を担う準備が不足していたかどうかという議論は、例えば野球のピッチャーは、ブルペンのピッチングも必要だし、投げ込みも走り込みも必要だけど、やっぱり実戦で投げてはじめて成長する。民主党の場合、ピッチャーがフォアボールを出したらすぐ交代、ショートがエラーしたらすぐ交代。…
政治主導の根源は政治の安定なのに、人事権者が1年に何人も代わる。これでは、政治主導を言う資格はありません。ベンチの人間を全部出すことが全員野球じゃない。その意識が党として足りなかったことが一番の問題ですね。…

※これから都議選の応援に向かいますが、これらがレクイエムではあってはならないと感じる今日この頃です

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