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新・消費者庁長官に

 「前・我孫子市長の福嶋氏を起用へ」という記事が新聞に載っていた。
 ちょうど前々前回(9年前)の参院選の頃だったからよく覚えている。政権交代可能な風土が日本でも(裏で繋がっていた自社の55年体制も終わり、民主党は政権を獲る党として現実味を帯び始めていた)と考えていた頃で、当局(官僚)が描いたシナリオに「知事が若干の修正を加えて前に進む」という政治が長く続き、地方では首長選挙の際の相乗りが続いていた。そこに石原都知事という化け物が現れ、ポリティカル・アポインティ(政治任用)という言葉が飛び交った。いわゆる元祖・政治主導とでも言おうか。
 国民から直接(地方)・間接(国)を問わず政管一体(官僚の才能が、政治のコントロールする中で最大限に発揮する制度)となって、行政が(その国民の意思に従って)滞りなくスムーズに遂行されるシステム(お国柄で米国型、英国型、欧州大陸型と分かれるが)のことを言う。
 日本では「地方は相乗り、国は1+1/2という55年体制」という時代が約40余年も続いたため考えてこなかった(ある意味の政治任用が必要なかった)。翌年、私と友人が民主党の下部組織の一つであったクラブ・デモクラッツの分科会として発足させ加熱、ゲストとして福嶋氏や当時やめられた田中知事の秘書を呼ぼうとして、お叱りを受けたことがある。
 要は民主党が政権を獲ろうとしたとき、「国民が今一つ踏み込めない状況下、その不安を取り除くためにも、半恒久的な政治任用制度を考えとかなければならない」という思いから(秘書という身分を使って、国立図書館から官僚を通して資料を集めた)である。その後、石井紘基代議士が刺殺され、石井さんの業績を探る「市民総研25」という勉強会になり、その友人が翌年03年の総選挙の公認予定候補者となり事務局秘書として仕えることになり、気が付けば、この会は大阪での後援会組織へとなっていた。彼は惜敗し、現在でも政治任用の研究をし論文を発表している。
 前置きが長くなったが、その時の福嶋浩彦氏は「日本の地方自治体は2元代表制(首長と議会)を敷いており、行政に対して(市民からの要望など)議会が一つの結論が出るまで徹底的に議論する(目から鱗だった)」という仕組みを創ったこと(正確ではないが、そのような意)で注目された市長だった。それで、低迷する(ように思われている)現内閣に久々の朗報!と思い今、筆を執っている。
 思った以上に筆が進んだので、当時、抜粋し纏めた「政治任用文」を以下に、ご紹介して筆を納めます。

 『政治任用(大臣と行政機関の組織)4つのモデル』
 Ⅰ.垂直支配型(アメリカ)
 長官と次官補との間に、副長官ないし次官、副次官が介在し、更にそれまで行政官に留保されていたポストが政治的被任命者によって当てられると共に、次官補以下のレベルにおいても、おびただしく政治的被任命者の数が増えている。このように行政機関の上層部を政治化することの意義は、大統領の意図を行政各部に浸透されることの一語に尽きる。長官は、必ずしも大統領の腹心であるとは見なされず、省において「土着化」するおそれから、同時に多数の被政治的任命者が集団として送り込まれ、相互に牽制(けんせい)と均衡を図りながらも、大統領の意思の貫徹のため、在来の公務員を上から支配する。
 1978年に導入した「上級管理者」(SES)は、公務員を政治的に任用する手段となり、この傾向に拍車を掛けている。
 Ⅱ.分割支配型(イギリス)
 一つの省に複数の大臣を送り込むことによって、政治化を行っている。
 巨大省である環境省には、一人の大臣と3人の担当大臣および四名の政務次官の計八名の政治的被任命者が置かれている。保険・社会保障省には都合七名、外務連邦省、北アイルランド省、通産省および大蔵省は都合六名である。少ない省でも四名はいる。加えて、大臣は政策助言者を任命し、大臣秘書室も複数の秘書官によって構成されている。その中には、国会議員のバックベンチャーが任命される政務秘書官も含まれている。アメリカとは違って、政治的任命者が行政的ポストを侵食する訳ではなく、大臣と担当大臣および政務次官との間に役割の分担を作って複雑な省の行政を管理可能な状態に置くことを目指している。総理大臣が統率型の行政運営を行うためにも、このようにして「分割統治」が行われるパターンが望ましい。統率型の行政運営を古典的なモデルのフレームワークの中で実現しようとする結果生じる一種の変形である。
 Ⅲ.共有支配型(ドイツ、フランス)
 ドイツでは、政務次官は大臣を頂点とする命令の系統から外れており、あらかじめ事前に指定されない限りは、大臣の代理を省内で努めることはない。この点では、日本の状況と共通している。だが、事務次官をはじめ、局長、場合によっては部長までにも、公務員の中からではあるが、大臣と政党ないし政治的信条を同じくする人が選ばれる。このことは、公務員そのものの政治化を物語っている。当然大臣が代われば、これらの人々も交替するが、それが可能なのは、公務員に休職制度があるのと、ラント以下の政府で政治的信条を同じくする大臣に雇用される道があるからである。
 フランスでは、事務次官が存在せず、大臣が直に総局長ないし局長を指揮しなければならないが、大臣を補佐するものとして、官房がある。官房は、大臣が比較的若手の将来を嘱望されるエリート公務員の中から選んだ人々によって構成され、大臣のブレーンとなり、時には、目となり口となって、省内の施設の取りまとめや推進を行い、同時に大統領事務局や総理大臣官房と人的なネットワークを形成して連絡調整にあたる。官房の規模は10名から30名くらいであるが、ミッテラン以降はこの官房にも外部の人が任命される傾向が強まった。ただし、大多数はやはりエリート公務員によって占められている。
 Ⅳ.均衡支配型(日本)
 大臣を頂点とする命令の系統のラインにおいて、大臣の直下に来るのは、事務次官であって、政務次官ではない。政務次官は政治化としてのキャリアの一つのステッピング・ストーンでしかない。大臣は、事務次官を最大の頼りとして、事務次官を媒介として省の組織を掌握し、総括責任者としての責めに任じる。このように我が国は最も古典的な組織のモデルに近く、大臣の下に事務次官を配し、それを頂点とするピラミッド的構造には、外部から政治的に侵入する隙間はない。
 行政官は大臣を経由することなく常時政治家との接触を保ち、特に関連の族議員との接触は親密である。政策決定の準備がなされる早期の段階から、政治との接触がもたれ、いわゆる「根回し」が行われる。それを通じて情報が行政と政治の間で分かち合われ、共通の認識が形成され、総合調整機能が政治に委ねられていく。大臣は、その任期中は省の利害の代弁者に徹し、他の省庁との調整や利害の調整を自民党の実力者ないし準実力者に任せる。したがってその実力者ないし準実力者への働き掛けは、多くは行政が担当する。このように機能的にのみ政治が進展しているのが我が国の特徴であるが、その影響が行政の構造にまで及んでこないのは、政治家と行政官とがそれぞれに棲み分けを行い、それぞれの孤塁を守りながら、相互に依存していくからである。政権党である自民党は、一種の非公式政府であり、政府にパラレルな構造を持ちながら、「もうひとつの行政」を行っているのである。
 行政は構造的には政治による侵食を拒みながら、機能の上では政治的調整力に期待し、その指示を仰ぐことをいとわない。他方政治は、行政を最大のシンクタンクとし、情報源としながら、集約的な行政運営に甘んじつつ、国民の期待に応え、政権の維持を図っていく。その結果は、心情において極めて政治化された官僚制が残り、その影響力も、政治によって相対的に薄められてはいるが、いまだに温存されている。
 Ⅴ.欧米の傾向
 アメリカやヨーロッパ諸国では、行政首長ないし内閣と行政各部との間のリンケージのパイプを太くし、統率型の行政運営を強化する方向にある。その結果は、当然、行政構造がその上層部において政治化されることを意味する。その原因には、①行政首長ないし内閣の意図を行政機構に浸透させるためのパイプを太くすることがあること以外に、②大臣が行政各部を管理し、政策発案を行い、総合調整を達成する能力を高めるため、集団的に責任を分担させること、および③より政治家を政府の一員とすることによって、政治的支持の基盤の安定を図る、などが考えられうる。社会が複雑になり、利害が錯綜する中で行政運営を有効に行うためには、政治化は不可避であり、またそれらによって幾つかの望ましい結果も得られている。(「行政の構造/片岡寛光」1992年著の抜粋より)

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