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観た聴いた読んだ

後援会総決起集会 3/25 @2017

今日は土曜日の一家団欒の時間にもかかわらず、たくさんの方にお集まりいただき、ありがとうございました。
富山に戻って来て13年の月日がたちました。国会議員の秘書時代から支えていただいてきた皆さん。私の出身地である細入・大沢野地域の皆さん。そして、政治家として育てていただいた、熊野校下はもとより地元の若竹町の皆さん!今日この日から私は恩返しの日々へと変わって参ります。

10年前にこの地に立って

① 歩いて出かけるスーパーマーケットがなかった

② 地域公共交通と、お出かけ定期券が市民病院と星井町以北でないと100円で行けない
③ 田園の法面や側溝の除草対策(農家の後継者不足でマンパワーが足りない)

④ 熊野幼稚園の廃止問題
そして、水や資材・エネルギーを古くから、この豊かな大地を支えてきた、方々の里山の過疎化においては、深刻度がピークに達しています。
8年前に議員になって
① 通学路の確保
ⅰ歩道の除雪
ⅱ橋の欄干のメンテナンス
ⅲ興南中学への通学路の確保(土川の橋上の融雪装置):PTAと融雪組合の協力もあって

② 子育て支援で保育所の増設等を市政報告会の開催を重ね☞議会度で訴えて、幼保の一体化(認定こども園の許可がおり増設)
③ 私道を市に移管等で、除雪を行政で
④ 用水の中島化(1丁目)を解消
⑤ ゲリラ豪雨&洪水対策(用水は市の管理だが、使っているのは農家においての取水、住宅地においての雨水用水として)☞休耕地や耕作放棄地、転作の奨励で用水の水門管理が従来通りにならなくなった☞市に用水マップの作成と管理の依頼☞5丁目の側溝回収に側面から支援させていただきました

今後の課題
① 4月から要介護支援1&2の厚労省から市への助成がなくなる☞新たなる支援策を市町村の自治体が独自に策定中☞4月から新しいスキームができる。
「若竹みんなの家(高齢者サロン)」(市内では岩瀬)が先駆けのような施設がある。運用段階で地域に使い勝手の良いものにしたい☞それを各地に全面展開したい
② 今世紀に入ってから日本の地に訪れる観光客は僅か500万人ほどしかいませんでしたが、人口減少時代の日本にあって、2010年に観光立国「日本」を宣言し、昨年は、速報値で2500万弱の皆さんが日本でお金を落とされた。

ここ熊野校下は、旧飛騨街道の布市・笹津道と大久保街道に囲まれ、加賀藩の東猪谷関所、富山藩の猪谷関所に通じています。関所を境に飛騨は、資材・エネルギー面から江戸幕府の直轄地でした。街道沿いには様々な人たちが行き交い、多くの野仏や地蔵がそこここに見ることが出来ます。当然のことながらソコには多くの物語があり、そこから見えてくる風景には観光資源としての宝に溢れています。
③ 何卒、私を市政壇上へと上げていただくためにも、これからも皆さんと相談させていただきながら、「子育て支援」や「高齢者対策支援」等、若いお母さんたちの働く時間と場を確保等して地域経済の更に活性化、皆さんと相談しながら「地域コミュニティ」の発展に尽くして行ければと考えております。

昨日「村中たかゆき後援会りんじ事務所開き」がありました

10年前にこの地に立って
① 熊野校下に新興住宅地が1200件ほどあるこの地にスーパーマーケットがなかったこと
② 地域公共交通と、お出かけ定期券が市民病院と星井町以北でないと100円で行けない
③ 熊野幼稚園の廃止問題☞跡地は新設部分が耐震構造☞市が中学校単位で児童館という話もあった(5年前)
8年前に議員になって
① 通学路の確保
ⅰ歩道の除雪
ⅱ橋の欄干のメンテナンス
ⅲ興南中学への通学路の確保(土川の橋上の融雪装置):協力(興南中学校のPTAと5丁目の融雪組合)
② 子育て支援で保育所の増設等を市政報告会の開催を通して意見徴収☞議会で数度訴えて、幼保の一体化(認定こども園の許可がおり増設)
③ 私道を市に寄付☞市道のアスファルト化で除雪を行政で(上栄と森田他で)
④ 用水の中島化(1丁目)を解消
⑤ ゲリラ豪雨&洪水対策(用水は市の管理だが、使っているのは農家においての稲作、住宅地においての雨水用水と側溝)☞休耕地や耕作放棄地、転作の奨励で用水の水門管理が従来通りにならなくなった☞市に用水マップの作成と管理の依頼☞5丁目の側溝回収に側面から支援させていただきました
やり残した課題
① 田んぼの法面や側溝の除草対策(マンパワーが足りなくなっている)☞NPOの活用
② 公共交通の推進
③ 市街化調整区域によるスーパーの新設☞富南会館の新設の際に市街化調整区域の見直しがあって、青地を白地に変えた☞次回の市街化調整区域の策定(5年間)に期待!
④ 4月から要介護支援1&2の厚労省から市への助成がなくなる☞新たなる支援策を市町村の自治体が独自に策定中4月から新しいスキームができるが、「みんなの家」(若竹、岩瀬)が先駆けで、運用面で地域に使い勝手が良いものにしたい☞それを各地に全面展開したい
⑤ 何卒、私を市政壇上へと上げていただくためにも、これからも皆さんと相談させていただきながら、「子育て支援」や「高齢者対策支援」等、若いお母さんたちの働く時間と場を確保等して地域経済の更にの活性化、皆さんと相談しながら「地域コミュニティ」の発展に尽くして行ければと考えておりますので、後援会活動ならびに選挙において、ご支援・ご協力のほど宜しくお願い致します。
里山資本主義
① 旧細入・大沢野地域はこの地とノーベル街道、旧飛騨街道として繋がっている地域です。
② かつての資源の宝庫であった「里山」は、過疎化が進み荒れ放題になりつつあります。
③人口減少化時代、労働生産人口激減の時代に合って、観光は日本経済の伸び代と言われています。
④ 里山とここ田園住宅地、中心市街地を繋ぐ、村中隆之の出身地を代表して、彼を大いに使ってやって欲しいと思います。

想定・飛越西街道(猪谷関所~五福) – 梶田さんノーベル物理学賞受賞記念

イメージ操作の一面も

 ニュースを読み解く「国民総所得のアップ」池上彰 北日本新聞2013年7月28日(日)

 安倍首相は選挙中、「一人あたりの国民総所得を10年間で150万円増やす」と宣言しました。(中略)
 かつて1960年代、池田隼人首相は「10年間で皆さんの所得を倍増させます」と国民に約束し、これを実現させました。これとイメージが重なるのですが、似て非なるものなのです。(中略)
 国民総所得(GNI)とは、GNP(国民総生産)と同じ数字です。
 いま国の経済指標としてよく使われているのはGDP(国内総生産)ですね。(中略)
 これに対してGNPは日本の企業が海外で生産した商品やサービスも含まれます。(中略)
 GNPは日本の企業が生産したものを金額で表したものですから、これを買うため支払われた金額であるGNE(国民総支出)と同額になります。さらに日本の企業が得た所得であるGNIとも同額です。(中略)
  「総生産を増やす」というよりは「総所得を増やす」と言った方が、私たちの所得が増えるイメージがありますよね。いわばイメージ操作と言っていいでしょう。
 しかし、GNPは日本の企業が海外で生産したものも含まれます。(中略)
 国内の労働者の給料が減っても「国民総所得は増える」ということもあるんです。
 GNIには個人の所得だけではなく、企業の所得も含まれます。(中略)
 こう考えると、「一人あたりの国民総所得が増えた」となっても、一人あたりの純所得は減ってしまうことがあります。これでは言葉のマジック。ウソは言っていないけれど、有権者に誤解させる。(中略)

官僚縦割り支配が続くのは、ポリアポ・統治改革を議論しない政党政治にあり

 官僚セクショナリズム(縦割り)支配が未だに続くのは、政治任用(ポリアポ)・統治改革を語らない(議論しない)政党政治にある。参院選はパスして、次の衆院選に向け熟議を始めよう。
 -「日本再生」新聞410号の記事「日本の意思決定システムと民主党政権の失敗」:村井哲也氏からの抜粋-
 …官僚機構が強みを発揮するのは、現状維持するときだけです。現状を変更しようとすると、しかも弱いパトロンが変更しようとすると強力に抵抗します。パトロン(である自民党)が弱体化したということは、官僚機構も弱体化したということです。
 …高度成長期の公共事業はインフラ整備によって経済成長につながったのも事実ですが、80年代くらいからは、それがだんだんなくなってくる。気がつけば、予算の膨張とⅰセクショナリズム*を解決するのが不可能になっている。
 こうしたなかで90年代後半に生まれた民主党は、市場原理によって、田中派支配の腐敗政治から透明で公平な意思決定ルールが持たされる、と言っていました。
 ところが2001年4月に、小泉純一郎政権が構造改革を掲げ登場します。これは究極のⅱ包括政党化*戦略です。どう考えても本来は小泉構造改革に賛成とは思えない党員たちも含め、「小泉を首相にしよう」と言い出す。そうなると、民主党はアイデンティティ・クライシスに陥るわけです。…代わりに入るのが「生活者優先」。看板政策を奪われてしまうと、民主党も極端な方向に行かされちゃうわけです。
 …実は官邸主導が成功したといっても、異常なまでの国民的な人気がないと、あそこまでできなかったと思いますが、なんと言ってもやはり裏での舞台回しが上手かった。
 …経済財政諮問会議を始めとする官邸主導は、橋本行革の成果と言われるわけですが、やはりそれは抜群の舞台回しがあってこそです。例えば、官僚が抵抗すると議事録をホームページに公開して、事業仕分けでもこれと同じことをやった。それは成功するのですが、経済財政諮問会議のときの情報公開は、官僚機構にとって初めての経験であって衝撃を受け、対応が後手に回った。ところが事業仕分けのときは、各省庁とにかく全部情報公開をする。大量に情報公開すると、メディアも学者もチェックしきれない。そういうことがわからないまま、表向きの制度幻想だけが植えつけられたと言えます。
  …生産年齢人口のピークは1995年です。改革の時代を引っ張ったのは、団塊を中心とした世代ですが、2000年代に入ると、これらの人たちが年金受給年齢に達してきます。公共事業の既得権益を批判してきた人たちが、社会保障の既得権益者になっていく、という皮肉な現象が起きてくる。その現象が、菅直人だったりするわけですが。
 …もうひとつ、民主党政権は「予算の総組み替え」と言ったわけですが、「コンクリートから人へ」というのは、実は小泉政権でガンガンやってしまった。1990年代までは一般会計で、公共事業費と社会保障関係費はだいたい拮抗していた。ところがそこから公共事業費は右肩下がりで数兆円、一方で社会保障費は右肩上がりで20数兆円です。
 …「鳩山由紀夫はだらしない」と言われていますが、当時のことをお聞きすると、鳩山政権ってけっこう強力だったようです。なぜなら戦後の意思決定システムの中では、総選挙で勝利した政党の党首というのは、圧倒的に強いからです。参議院も下手に手出しできない。官僚もみんな言うことを聞いた、と言うんです。
 …自民党でも、小泉郵政総選挙で当選した議員は、安倍も福田も麻生の言うことも聞かなかった。なぜなら「小泉が首相の時に公認されて与党議員になった」という意識になるからです。やっぱり、参議院選挙で負けたといって首相が変わっちゃダメだと思います。
  …まず、政治主導とは何だろうかということです。と言いますのは、歴史の後付けでいい恰好をする人が多い。自己反省も含めて。
 さんざん政治主導を煽っておいて、民主党が失敗した途端に「いかに官僚を使いこなせるかだ」とかいう論調に変わる。
 …官僚はそもそも単独では政治権力を主導できない。強力な政治権力がなきゃいけない。さらに単独ではセクショナリズムを解決できず、組織と予算の膨張を単独では解決できず、単独では現状を打破できない。それをできるのは政治権力だけだということです。政治権力の何が本来の強みかと言えば、各省庁のセクショナリズムと違って、一致団結した政策と理念でこれらを統合できるからです。
 …薩長幕藩というのは、そもそも政策集団じゃない。江戸幕府を権力から追い落とすための権力集団ですから、明治維新が成功して、明治国家が軌道に乗ったら、本当は使命が終わっている。桂が政権を握って苦労したのは、藩閥は政策集団ではないので政策がバラバラになってしまうことでした。
 …確たる綱領がなかった民主党の弱点はそこで、それをマニフェストで代替させようとしたところに、無理がありました。マニフェストは綱領の補完的なツールに過ぎないのに、細かい数字を入れてしまった。そしてマグナカルタからは、ⅲ財政膨張的なマニフェスト*になったと。さらに話を聞いていくと、民主党のマニフェストは「短冊」の寄せ集めでした。つまり、政策や理念を統合していない代物だった。いろんな人の言い分けを盛り込んでいって、実は理念を共有していないというのが、あのマニフェストだと。
 自民党政権にしても、政官の役割分担があまり必要じゃなかったときに黄金時代を過ごしてきました。
  …国家の意思決定システムは、時代に合わせて変貌する生き物であり、今の時代にあった対応をしなければいけないにもかかわらず、自民党も民主党もそうなっていません。
 …そしてやはり、自民党との差異化に非常に苦労したと、差異化しないと国民に訴えられません。「なぜ経済諮問会議を使わなかったんですか。国家戦略局なんて権限がないから、官僚が言うこと聞くわけない。経済諮問会議なら権限いっぱいあるではないですか」というと、「自民党の象徴として攻撃してきたから、使うわけにはいかなくて」と。
 …学者もメディアも、本音の部分では政権交代の先を考えてなかった。やっぱり坂本竜馬的な、その後のことまでは考えないロマン主義だった。そうではなくて、システムを機能させるためずっと汗をかき続ける覚悟が必要だった。黄金時代の自民党議員はそれをやってきただろう、と。
 戦後国家が金属疲労を起こしていることは、間違いありません。過剰包括化した自民党が戦略を続けられるかと言ったら、もうそんな配分の果実はありませんし、未だに官僚機構は役割分担を見いだせずに、強力な頼れるパトロンを探し求めて漂流している。
 …財政赤字と少子高齢化の中で、包括政党化はもはや限界です。選択と集中をしなくてすんだ時代というのは、世界史的に見ても二度と来ません。中国だっていずれ終わります。その時に中国共産党は大変だと思いますが。
  …情報が公開されないと、われわれ歴史屋は分析できません。過去の資料を分析して、現状がデータ的にどうなっているか。あるいは過去、意思決定システムを機能させるためにどうしたかということを、語り継がなきゃいけないわけです。でも日本は情報公開しない国なので、国家戦略が描けない。国家戦略は歴史を描くところから始まります。だからアメリカは情報公開を徹底するわけです。
 …過去の意思決定システムをどうやって回して来たのかが語り継がれないし、ケーススタディもない。そうすると「イギリスはこうだ」とか言う人が出てくるわけです。しかしイギリスの政治学者に言わせると「イギリスの意思決定システムや制度は、イギリスの伝統と歴史の中にあるもので、簡単に真似できるものではない」と言うわけです。他国との比較は重要ですが、これに日本固有の歴史を重ね合わせないと意味が薄くなると思います。
 …意思決定システムはどういうふうに回ってきたかという、過去のケーススタディを見ることによって、現在のグランドデザインをどう描いていくかの材料を見出すこと。そしてご都合主義的に過去の歴史をあてはめることではなくて、そのケーススタディからどのような示俊を今後に役立てるか、ということが必要なのだろうと思います。

*は、以下に分かり易く、僕なりの比喩です。
ⅰセクション(省庁・部課)縄張り主義
ⅱ総合デパート・百貨店
ⅲ郊外型ショッピングモール

電力改革の「骨抜き」懸念

 一昨日の26日に参議院議員で安倍首相の問責決議案の可決のやりとりの最中、「電気事業法改正案」が廃案となった。皮肉なことに新聞記事が数行にわたってなので、そのまま書きます。
 『電気事業法改正案が廃案となった。政府は今秋の臨時国会に改正案を再提出する方針で、実施予定に大きな影響は出ないとしている。ただ電力業界や与野党内では改革への慎重論がくすぶっており「今回のつまずきで改革が骨抜きになる時間的な余地が生まれた」(経済産業省関係者)との懸念もある。』
 ショートコメントを語らせていただくならば、「参議院選挙前に大手電力会社と業界・労働組合が手を組んでロビー活動を展開した賜物」です。「骨抜き」とは、一部既得権者が生き残る仕組みを仕掛けるということです。「ザル法にして既得権を残す」ということです。通信カラオケに関わる周辺諸法律の抜け道と少し似ている。
 これらは、私を絶望の淵に追いやった、かなりの問題ではあります。
 がしかし、それは今後の経緯を注視するとして、ずーと取り上げようと思って、そのままになっていた記事の「見出しと抜粋、リンク」を貼らさせていただいて、今日は終わりにしようと思います。
 *蛇足ではありますが、この前、久しぶりにアクセス数がどうなっているか調べてみたら、落選翌日に519件もあった。これは、最初で最後の数字に違いないという数字です。いつもなら、多くて100件を少し超えるぐらいなのです。ずーと「有権者から負託を受けた身である」という立場から、私の行動・報告をまめにしてきましたが、一生懸命書いてもそんなもの、それが結果報告を数行書いただけで、その5倍である。世の中、そんなものなのか~とも思った瞬間でした。

  ①2013年5月20日(政経週報)「くらし2013」-専業主婦の年金不整合問題
 「第3号と思い込み」「過払いの返還求めず」「報われない女性も」、不整合第3号は165万人
 ②2012年7月17日(読売新聞)「論点」-宮口侗廸(としみち)氏 ←不名誉かも知れませんが、私の母の従弟
 「過疎地、離島の振興」「人間論的価値の観点で」
 ③2012年8月19日(富山新聞)「ひがしにし」-富山でバラカンさんトーク
 「ビートルズにぶっ飛んだ」「60年代の英国音楽語る」
 ④2012年7月30日(読売新聞)「映画」-細田守監督
 「おおかみこどもの雨と雪」「成長の過程、自然な表現で」
 ⑤2012年8月18日(読売新聞)「昭和時代・第2部・戦後転換期(1965年~79年)・第18回」-三島由紀夫
 「元禄の世、衝撃の自決」・・・「ノーベル文学賞を逃す」・・・「川端康成・人物抄-末期の眼と新人発掘の眼」
 「自衛官を前に演説」・・・三島は「諸君は武士だろう、武士ならばだ、自分を否定する憲法をどうして守るんだ」「諸君の中に、一人でも俺と一緒に立つ奴はいないのか」と呼びかけた。だが、応じる者はなかった。30分の予定だった演説を「天皇陛下万歳」を叫んで10分で切り上げ、再び総監室に戻った三島は、古式にのっとって自決を果たした。森田がこれに続いた。・・・
 「長編『豊饒の海』」・・・三島は1967年元旦、読売新聞に「年頭の迷い」という随筆を寄せている。『豊饒の海』完成にあと5年もかけては<もはや花々しい英雄的末路は永久に断念しなければならぬ>という内容だった。「英雄的」な年齢で生を完結させることに、三島は固執した。老いた自分を想像するだに絶え難いと言い、「斬り死にしてやる」と口にするようになった。
 だが、大げさに話して相手をきょとんとさせておいて、呵々大笑するのが三島の癖。「深刻に受け止めたことはなかった」と小島は語る。加えて小島の中には、三島を信じる支えになっていた言葉があった。『豊饒の海』第2巻「奔馬」最終回の原稿を、三島邸のバルコニーで渡された際、三島はこう言った。「どんなことが起ころうとも、僕は家族と共にある生活を選ぶ」・・・
  「昭和の昭和による復讐」「『縦の会』結成」・・・68年の「中央公論」7月号では、「文化防衛論」を発表。<文化を守るには、他のあらゆるものを守ると同様に力が要り、その力は文化の創造者保持者自身にこそ属さねばならぬ>と主張し、同年10月に結成した「縦の会」では、自衛隊体験入隊1か月以上を入会資格とした。・・・
 「東大全共闘との討論」・・・同年5月、駒場で開かれた東大全共闘主催の討論会に乗り込んだ三島は、安田講堂事件について「天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろう」と言い、「諸君の熱情は信じます」と共感を示した。
 会を企画した一人で評論家・小阪修平は、この「共感」とは<暴力の肯定、直接行動主義などさまざまだったが、もっとも大きなものは、戦後民主主義的知識人の偽善の否定と、自身にたいする誠実さが相手に見えたということだったろう。戦後社会の作り出した欺瞞と手を切るという一点で、奇妙な一致が成立していた>と書いた。・・・
・・・ 三島は「檄」に書いている。<われわれは戦後の日本が経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失なひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た>
 文学、美学、国家、天皇。死の意味を巡り、さまざまな論が立てられたが、答えは出ない。
 評論家の松本健一は、知識人と大衆、右翼と左翼、都市と農村、近代と土俗などの二項対立が昭和40年代に次々と崩壊し、45年の三島事件で「右」が、47年の連合赤軍あさま山荘事件で「左」がそれぞれ喚起力を失って、高度大衆社会に移行していく―と指摘している。
 「証言」-純粋無垢な少年のまま- 18年交流があった歌手・俳優の美輪明宏さん

政治活動に関わって…そして4年前の政権交代前夜は何だったのか?

トレンドをリフレへ、そしてアベノミクス、規制改革が話題になっているが、その中でも事業規制。…事務次官会議を民主党政権で廃止にしといて、あまりにも官僚がパージ(職場放棄)するものだから「野田首相の時に音をあげて官僚主導に戻った」といわれているが…、事務次官会議を実質的に復活させよう!という動きは、自民党らしい。特に事業規制関係は、高度経済成長時代に、あらゆるものを統一(モノトーン)させといた方が、同じようなものを大量生産して国民総生産を上げてきた時代には正しかったのだろう?
先進国の成功例だけ(中でも官僚等の利権や既得権・縄張りに都合の悪いものは排除)をキャッチアップして、官僚のトップたちが政治を決めて(省庁の利害関係を調整して)動かすようなやり方が時代遅れで、そのような組織は「誰も手を付けたことのないような未開の地に踏み込んでリーダーシップを発揮する」なんてことができないものだから、私に言わせればバブルが始まった1984年のプラザ合意(土地を上げるしか脳の無かった、羅針盤なき成り行き政治)から30年も経っているが、失われた20年(バブル崩壊時からの特に地方を中心に展開させた財政政策≒補助金や交付金制度・交付税措置)となり、先史以来の前代未聞の今に至る借金地獄になって行った。
何れにせよ、各省庁間の調整を(一般人の百倍も)得意技とする事務次官会議のようなところに「丸投げ」したところで、退官後に指定席(天下り)がある彼らに「腹を切る覚悟」なぞある訳がなく、「堂々巡り」がまた始まれば、3本目の矢は打ち上げ花火とはならないどころか、地獄を見るかも知れない。
兎にも角にも、金融政策で世が湧いて(喜怒哀楽)、肝心の構造改革は「何処行く風」、出先改革や統治機構改革は何処へ行ったのだろう。そもそも金融政策や財政政策だけで上手く行くはずがないのは、私たちが此処30年で学んできた歴史ではないか。
思い出せば15年間、石井紘基氏と出会って、政権交代を夢見て、それを果たしたのが4年前。私が「改革が成功するのも失敗するのも、新たな政治任用制度(ポリアポ)の確立!」と言ってきたが、結果その場しのぎ的で「やはり生煮え」で、「日本の再生」と「お任せ民主主義からの脱却」という一斉一隅のチャンスを失った責任は民主党にある。
政権末期に鳩山政権・副官房長官だった「松井孝治」氏が次のようなコメントを朝日と読売に残しているので、私たちが応援してきた証を忘れないためにも、日本の将来があるとしたらそのためにも、次に紹介して終わりにしたいと思います。明治維新以来の革命期の今こそ!忘れてはいけないことなのだ。

以下…朝日新聞(2012年7月22日)…
「私がやりたかったのは通産官僚だった時から手がけた行政改革と統治機構改革。橋本行革で一部は進んだが、まだやるべきことがあると政治の世界に入りました。」
…統治機構改革は道半ば…
「正直、半ばも行ってない。改革がうまく行く中で、次世代にバトンを渡したかった。」
…引退後は?…
「公職を終えても、何か他の専門分野に戻って行く社会の流動性は必要で、外国ではそれが普通。日本でそれが珍しいのは、政治を何か特別なものにしてしまっているからではないでしょうか」
…民主党の目指す政治主導の挫折…
「(自民党政権時代の)経済財政諮問会議がいま機能していれば、例年5月から6月に『骨太の議論』をし、予算編成に入った。現状では、諮問会議をパワーアップしてスタートするはずの国家戦略局が機能停止し、諮問会議ができる前の予算編成スタイルに戻ってしまった。これは政府・与党が真剣に反省しなければならない。オープンに議論し、リーダーが最終判断して国民に訴えていく場を作らなければならない。それが私の考える国家戦略局だ」「大事なのは、予算編成の細部は財務省など各省に任せても、大きな枠組みは政治が決める。ただし政治家は官僚とコミュニケーションをとり、使いこなさなければならない。それが初代の鳩山内閣では少々おろそかだった」
「民主党はいま、アイデンティティー・クライシス(自己喪失)に陥っている…民主党はそもそも何をめざす政党なのか、再認識しなければならない。国民からもう一度、民主党に期待していただくには、そのプロセスを避けては通れないと思います」
以下…読売新聞(2012年8月12日)…
…普天間問題で最後まで鳩山さんと相談していたのは、平野官房長官ら一握りのスタッフだけで、内政担当の私はもちろん、外交担当の松野官房副長官すら、実質的に中身の相談を受けていなかった。外務省や防衛省の役人も完全に退けられてお手上げの状態だったと聞いています。誰がほかの人たちを遮断したのか、という話は勘弁してください。…
内政では、政治主導が大きなテーマでした。それを具体化する両輪となるはずだった国家戦略局と内閣人事局の創設は、政権最初の臨時国会を大幅に延長してでも実現させるべきでした。思い返せば、全部タラレバの話なんですけど。
施政方針演説など国会の演説は、わりと思い通りに書けました。中央官僚時代に村山、橋本両内閣に仕え、総理の演説が各省のエゴで作られる実情を知っていたので、鳩山内閣では各省から(個別政策を記した)「短冊」は集めず、鳩山さんと直接相談して骨格を決めました。指導者には理想を語る言葉が不可欠だし、理想を軽々と語れる鳩山さんだからこそ、ああいう演説ができた面はあります。…
民主党が政権を担う準備が不足していたかどうかという議論は、例えば野球のピッチャーは、ブルペンのピッチングも必要だし、投げ込みも走り込みも必要だけど、やっぱり実戦で投げてはじめて成長する。民主党の場合、ピッチャーがフォアボールを出したらすぐ交代、ショートがエラーしたらすぐ交代。…
政治主導の根源は政治の安定なのに、人事権者が1年に何人も代わる。これでは、政治主導を言う資格はありません。ベンチの人間を全部出すことが全員野球じゃない。その意識が党として足りなかったことが一番の問題ですね。…

※これから都議選の応援に向かいますが、これらがレクイエムではあってはならないと感じる今日この頃です

大阪における「公務員制度改革」「教育基本条例」と規制改革

 2ヶ月前の10月25日(木)と26日(金)に、地方議員研究会主催セミナーである、議員力アップ講座in東京が開催されました。1日目は「Ⅰ大阪における公務員制度改革」というタイトルで、内容は ⅰ国と地方の公務員制度改革 ⅱ「職員基本条例」制定の意義・目的 ⅲ「政治活動規制条例」制定の意義・目的などで、2日目は「Ⅱ大阪における教育基本条例と Ⅲ規制改革」という基に、ⅰ「教育基本条例」制定の経緯 ⅱ国などの反対論とその背景 ⅲ条例の先にある、地域主権と規制改革などでした。
 講師は両日とも、大阪府・大阪市特別顧問で、政策工房・代表取締役社長の「原英史」氏による講座でした。以下に論点ポイントをキーワード列記してご報告と致します。
 Ⅰ. ①成果主義 ⇒どうやって判断基準をつくるか? ②官僚主導とは=中央官庁の官僚独占 ③官僚は悪者なのか?=志を保ちづらい「制度」の問題 ④しがらみを守る役所⇒しがらみを断ち切る役所、地域主権改革⇒例:出先機関改革、既得権の司令塔≒役所 ⑤国での改革:省庁ごとに人事⇒内閣人事局、年功序列(がんばっても、がんばらなくても同じ)の打破、天下り根絶=当然 ⑥「国家戦略局(室)」は機能不全⇒「法案を先送りしてしまった」のが失敗(政令でできた) ⑦「現役の出向」という形で、天下りは事実上解禁 ⑧民間企業と同様、経営トップが「経営戦略」(国家戦略)を打ち立て、それに沿って最適な人材配置⇒ただ、そうはならなかった(短冊人事) ⑨給与制度と年功序列(正:給料に見合った人件費の見直し) ⑩出資比率、市場化テスト⇒省庁別 ⑪「職員基本条例」と「地方公務員法」⇒ⅰ分限規定は発動できる ⅱ例えば「窓口業務」(民間事例を行政に応用)ⅲ制度上は、人事評価で差をつける⇒給料に反映される ⅳ民間給与水準は、税務署などがあるから本当は知っているのに、わざわざ人事院(地方:人事委員会)で調べている(対象は大企業だけだったりする) ⑫幹部制度で「幹部は別の人事制度」というのは無理⇒一般職の前提で、ギリギリ可能な公募制度にした ⑬地方から可能なことは、先にどんどん進めるのもOKだ ⑭「序文と中身」のすり合わせ(衆議院法制局のようなものが地方には無い⇒広域で作って行かれれば良いだろう) ⑮中央官庁=親会社、自治体組織=子会社(中央官庁の顔を見ながらやっているのが実情) ⑯公募基準(独法改革でやった)が、役所経験者でなくては当選できないような基準になっている ⑰公務員の政治活動規制=選挙への関わり方が緩い ⇒例えば大阪市条例では「域外行為への拡大」(電話・ネット等が今まで当てはまらなかった) ⑱地方公務員法:単に歴史的な理由のみ(地方公務員法が、3年遅れて昭和25年に成立←GHQの関わり方が弱くなって行く政治的背景) ⑲昭和24年にGHQから政府へ「幻の地方公務員法」1ページを提示(「真の地方自治」には、自治体に制度設計の自由を:ホイットニー案は6条ほどしかなかった) ⇒地方自治庁(鈴木俊一氏)の地方公務員法案は30ページにも及ぶ(細かく設定してしまった) ⇒昭和25年の「地方公務員法制定」(これが今日までの戦後の中央集権体制をつくったのかなぁ~と思う) ⑳2012年8月の大阪都法案(自治体⇒総務省と協議⇒総務省が法案を提出)
 Ⅱ. ①教育行政の現状=「党派に偏ってはいけない⇒政治家が口を出してはいけない」となってしまった ②現状は文部科学省が主権で、都道府県教委や市町村教委(校長先生も)が空洞化し、現場では「誰が上司か?」分からない(現場のフィードバックが行われない)⇒例:いじめの対処=誰も責任を取らない ③大阪の「教育基本条例」の目指すもの:住民(保護者、生徒・児童)が主権⇒校長に権限 ④主権←教育バウチャー⇒役所の予算権限の否定⇒進まない ⑤校長(マネジメント能力のある方)が学校運営に責任、校長は公募(今回は50ポスト、任期付も活用) ⑥職員基本条例=人事評価制度⇒絶対評価(ではあるが、保護者の評価が反映されるようにした)
 Ⅲ. ①規制や制度が成長を阻む(例:農業)⇒農業の6次産業化を!⇔農地法による転用規制:ⅰ農地内の加工施設設置⇒許可が必要 ⅱ農地内の産直レストラン⇒許可が必要 ⅲ企業による『野菜工場』の設置⇒「違法転用」として進まず ⅳ作業効率を高めるためのコンクリート敷設⇒「違法転用」との指摘? ②既得権構造 ⇒規制改革での「岩盤」(総合規制改革会議・宮内義彦議長の経済財政諮問会議:2001年11月提出 ⇒そのままで進んでいない) ③埼玉県草加市が、建て替えコスト削減のために「規制改革」提案 ⇒2005年に撤廃 ④行政マンは「規制ありき」で思考停止 ⑤大事な規制は、法律ではなく、省令や通達(課長や局長の)で決められる筈(地方に仕事を奪われることの危機感で動かないのか?) ⑥「規制は、お役所が決めるもの?」=「規制は、自分たちで決めるべきもの」⇒本来であれば、議会で(法律で)決めるもの ⇒政治家がさぼっている ⑦構造改革特区=民間・地方自治体が提案⇒地方自治体が特区申請 ⑧総合特区=指定申請・提案⇒特区指定⇒国と地方の協議会 ⑨特区の最終型:現在の枠組み(国会=法律でルール→中央省庁*特例措置を認定⇒都道府県庁・市町村役所)⇒国会の法律は廃止⇒地方議会(条例でルール)

人口減少時代における都市計画と参加・協働まちづくりのすすめ方

 ちょうど2ヶ月前(10月22・23日)に「人口減少時代における都市計画と参加・協働まちづくりのすすめ方」というセミナーに参加してきました。
 一日目は総論として、Ⅰ. 東京大学大学院工学系研究科の准教授「瀬田史彦」氏の登壇と、Ⅱ. ㈱市民未来まちづくりテラスの代取「松本昭」氏の「参加と協働のまちづくり-現在と近未来-」。翌日は具体論として、Ⅲ. 「松本昭」氏の「参加と協働のまちづくり最前線-市民と行政の新しい関係を踏まえて-」と、鎌倉市政策創造部(自治体内政策シンクタンク)部長「比留間彰」氏の講演と続きました。
 各講座の論点ポイントを下記にキーワード列記(リンク)させていただき、レポートと致します。
 Ⅰ. ①2050年までに無居住化する地点 ②昭和43年の人口増大が前提の「都市計画法」が未だに活用されている(現在の実際の都市計画制度の中で、人口増大を前提としているものがどれくらいあるか? ⇒ほとんど)。 ③常住人口の設定プロセス ④新市街地(概ね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域 ⇒もう無いだろう) ⑤利用されてない建ぺい地に、オープンスペースとしての機能を持たせるような制度的な工夫が必要。 ⑥都市施設の整備において、人口減少局面では、「未来永劫利用されない」可能性が高まる(近年まで、総合計画などによる人口推計もほとんどの市町村で「増加」とされていた=社会基盤の過大な整備の遠因にも)。 ⑥人口減少局面におけるストック重視の必要性に関する議論はすでに一般的だが、都市計画制度の中ではまだ具体的に担保されていない。 ⑦2006年の改正中活法(「まちづくり3法」の改正) ⑧中心市街地の衰退に伴って生じると考えられている問題点(・地域経済の疲弊 ・交通弱者の増加 ・インフラ費用の増大 ・環境問題の悪化 ・地域の顔、アイデンティティの喪失 ・都市構造の激変に伴う急激なひずみの増大) ⑨2006年、特定地域を重点的に支援する交付金の重点配分・税制などの特例 ⑩目標値が達成されていない「中心街集中策」 ⑪公共施設の維持更新への関心の高まり(公共施設マネジメント、公共事業マネジメントの手法の変化) ⑫理想的な統廃合・再編のプロセス(施設台帳等でデータを把握し、それらを比較可能な形で統合し、またライフ・サイクル・コストなど長期的なコストも算出する) ⑬国の法律を変えていかざるを得ない道路
 Ⅱ. ①人口増加社会(公共空間は秩序維持を優先、まちづくり「ハードがソフトをリードする社会」)⇒人口減少・高齢化社会(ソフト重視、公共空間も魅力や収益を考慮、まち育て「ソフトがハードをリードする社会」) ②人口減少社会における行政職員の資質 ⇒公民連携・PPP志向型職員(ファイナンスに強い=資金調達能力)、住民参加が苦にならない職員(ファシリテーターやコーディネーターの技術と経験) ③全国初!縮退のまちづくり条例(武蔵村山市) ④地域事情ではないナショナル・スタンダード ⇒法律(業者)⇔市民意志の対立関係 ⑤公共の福祉に応えるための「法令基準」「委任基準」「自主基準」(都市・地域マネジメントへの適合) ⑥たて割りを横でつなぐ(条例だからこそできる3つのこと=法律ではできないこと) ⇒ⅰ地域空間価値・地域環境価値の最適解へのアプローチ(地域政策の総合化)ⅱ参加や合意形成を内包した仕組みとルール(官のルールから協働のルールへ)ⅲ地域固有の課題を自ら取り組む仕組み ⑦参加⇒参画⇒協働 ≒ⅰ主体は、市民・団体+行政 ⅱ市民の責任の有無⇒役割に応じて有 ⅲ知る権利・意見表面権・計画提案権-WS等(計画段階)ⅳ計画審査権-審議会等・計画決定権(決定段階)ⅴ事業調査権・事業実施権-予算提案権(実施段階)ⅵ評価に関する意見表明・評価決定に関する参加(評価段階)ⅶ市民と行政の関係(対等な関係、行政組織⇔団体) ⑧相違の醸成(ⅰワークショップⅱ意見交換会ⅲまちづくり協議会) ⑨都市計画法⇔マネジメント(育てる) ⑩市民の定義(法律上は納税者) ⑪まちづくりの住民参加=条例等(拘束力が「あるもの」と「ないもの」が混在) ⑫社会資本整備への「メディエーション」導入の必要性(中立的な立場の第三者=メディエーターにより調整が進められる ⑬住民参加による「地域レベルの公共の福祉」の構築 ⇒分権(多段階)国、都道府県、市町村、地区 ⑭地域の生活秩序の絶えざる創世運動(まちづくり)⇔如何に地域に相応しいかのルールが不十分または欠如 ⑮質の転換を伴うか否かもポイント ⑯地域完結型の公共施設計画の場合、事業目的=地域ニーズになりやすいので、密度の濃い参加のまちづくりが可能 ⑰専門家や第三者機関の権限の明確化 ⇒日本は曖昧 ⑱住民参加のプロセスと全体像を共有化する ⑲適法な建物群が街を壊すという現実
 Ⅲ. ①「地域空間の価値創造への協働」と「まちづくり組織」の活用 ②ルールがあってルールがない「銀座ルール」 ③都市計画道路「調布保谷線」の環境施設帯(市・区に任せる)づくり ④行政に頼らず市民主体で地域再生に取り組む(真壁・深谷・古河) ⑤NPO法人が駅前広場(公共施設+民間施設)を魅力的に運営管理-千葉県鎌ケ谷市KAOの会- ⑥オガールプロジェクト≒紫波中央駅前都市整備事業(僅か3万人の自治体=民が「お金」と「スキーム」を持って来て23億7千7百万円の公共分をまかなう)、プロジェクトファイナンス(オガール紫波㈱=まちづくり会社=500万円の資本+オガールプラザ㈱=SPC=資産所有)⇒最終目標の庁舎建設はPFIで…
 Ⅳ. ①鎌倉発景観形成プロジェクト(景観とまちづくりと市民参加) ②17万人都市(観光客は1千8百万人) ③緑を守る(看板色彩変更⇒ピンポイント⇒全体に拡がる) ④「街のいろは」は、行政と市民と一緒の「まちづくり」⇒まちの「お宝マップ」 ⑤高さ15メートル規制(都市計画案) ⑥これからの高齢者ビジネスのマーケティング(ⅰ昭和30~50年代住宅 ⅱ交通不便・移動困難 ⅲ高齢者比率40~45%)⇒テレワーク(総務省提案)等 ⑦役所文化は、「民の力を使う」ということが分からない文化

マイナンバー シンポジウム in 富山

 全国各地で展開中の上記タイトルのシンポジウムが、3週間前の8月3日(金)13:30~16:00に、富山県民会館「特別会議室」(資料リンクあり)でも行われたので、参加してきました。
 主催は、番号制度創設推進本部です。さまざまな観点からシンポジウムが2時間半に渡って語られましたが、出演されていた方々のリンクと資料のリンクを中心に、(6)に関しては私の質問もさせていただいたので、質問キーワードと全体の論点や視点を簡単に箇条書きにさせていただき報告としたいと思います。
 (1) 主催者挨拶:石田勝之氏(内閣府副大臣
 (2) 来賓挨拶:石井隆一氏(富山県知事)
 (3) 政府説明:中村秀一氏(内閣官房社会保障改革担当室長
 (4) 特別講演:森信茂樹氏(中央大学法科院教授)
 (5) パネルディスカッション
 以下パネラー:遠藤紘一氏(日本経済団体連合会電子行政推進委員会電子行政推進部会長、リコージャパン株式会社顧問)、齋藤裕氏(日本弁護士連合会情報問題対策委員副長 )、田中英雄氏(北陸税理士会副会長)、森信茂樹氏(中央大学法科院教授 )、峰崎直樹番号制度創設推進本部事務局長、内閣官房参与)、中村秀一氏(内閣官房社会保障改革担当室長)、コーディネータ:稲垣雅則(北日本新聞社論説委員長)
 (6) 参加者との質疑応答・意見交換(国民対話)
 ①行政CIOの配置 ②地方自治に役に立つ ③本年2月14日に法案提出 ④給付と負担の公平性の確保 ⑤前年度課税⇒現年度課税に移行できる+低所得者対策 ⑥本年度の社会保障特別会計は、109.5兆円(3割が医療費) ⑦社会保障・税に関わる「共通番号制度の問題点」Q&A ⑧制度の開始・運営のためのコストパフォーマンス ⑧性善説と言われている医療・介護現場の不正請求・給付の可視化や防止に役に立つのか?…等々

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