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「共通管理費縮減とその成功術」というセミナーに参加
サブタイトルは「郵便事業㈱など、公共法人・学校法人が導入したそのワケとは」で、主催は、ディーコープ㈱で日本に数社存在しているといわれる「購買支出にフォーカスした経営支援サービス」業者(ソフトバンク㈱の100%出資会社:従業員150名)である。
今月のはじめ、会派の視察帰りに(羽田経由だったので)、代議士と地元のことで相談していただくことになっていた。たまたま、菅内閣の参議院議員予算委員会の模様も傍聴する機会も得た(その何とも言えぬ臨場感を味あわさせていただいた)後に、 突然ではあったが(予定していなかった)、リバースオークション(競り下げ入札)の「仕組みと勧め」のセミナーに参加する機会を得た。
対象は、「情報・通信、物流・倉庫、レンタル機器、金融、サービス一般」という範囲まで及んでいるが、いわゆる「主に物品購入の分野でコストダウンを発揮する入札委託システム」とでも表現したら一番近いだろうか。早い話が「少しでも安い物品を提供していただける購入先」を決定するための機構(入札代行会社)が行う「競り下げ入札」の1社のデモンストレーション(プレゼンテーション)の機会を得た!というのが正しい。
国土交通省や日本郵便㈱や一部独立行政法人、三セクなども導入しているシステムで、会社の収益率を上げ始めていることで注目されているビジネス・モデルである。簡単に言えば入札代行業といおうか?「随意契約の規定を活用」し「電子入札を繰り返し」競り下げ入札をおこなっている所に注目。
社是としては、「むしろ改革は『自由な参入』の促進に力点を置くべきである」、「競り下げでも、現行の封印入札でも、調達コストは平均すると全く同じになる」、改革の成功の鍵は、入札のルールをいじることより「とにかく業者の自由な参入を確保することにある」、とりわけ重要なのは談合の防止である。等のキーワードを謳っているところに彼らのセールス・ポイントがあるらしい。会社のデモセミナーとは言え(学ぶべきポイントはいくつかあり)、噂のリバースオークションの実態を知ることができて良かったと思う。最後に政府の特別会計予算の削減例を挙げて報告としたい。
2010年度予算の10兆円(22年度予算ベース「特別会計の歳出総額367兆円の内、重複計上を除いた176兆円」の「財政融資資金への繰り入れ等」「地方交付税交付金等」「社会保障給付費」「国債償還費等」を除いた)が対象(保険事業費、社会新整備事業費、エネルギー対策費、食料安定供給費、その他)で、20%の削減率で2兆円+αの削減。
今だからこそNPOを考察する
昨日、私が理事で属しているNPO法人の代表と会い、そして今度、立ち上げる私が属する予定のNPO法人登記設立準備会の5~6回目の会合がありました。主な議案は、①新しい理事予定者の紹介と理事の最終的人選・了解日程の確認 ②NPO法人設立に向けての事業内容の方向性確認 ③当面おこなわれる予定事業の確認 ④自然エネルギー関連・実験プロジェクトの再始動および視察日程と行動・報告の確認 ということでした。
最近、ある筋の人間から「行政の不穏な動きがある」と聞きました。鳩山前首相が「新しい公共」ということを言い始めて、「現行法人(法律的な不備)の資金不足な状況」を捉えて、各担当・相当の「各地方自治体の部・課が急激にNPO法人に接触し始めている」というのだ。内容は、「事前に市民団体等の動きを先回り、キャッチアップ」して、「役所の外郭団体の仕事にしてしまおう、若しくはNPO法人等を資金面でひも付きにしてしまおう」という動きらしい。本来のNPO法人の「民間行政」という魂(行政の市民目線から外れた非効率な予算膨張主義「税金でやらなくても良いだろうという分野」からの脱却)から言うと逆行した動きである。NPO法人等の公益法人化は、「市民モチベーションを下げるばかりでなく」「新たなる既得権益化を招く」ので注視して行かなければならない。

菅総理も市民活動家出身の総理であることを自負していらっしゃるのであれば、来年度予算に「新しい公共」の税制上での法的根拠を持った優遇措置(税金の一部民営化=NPO法人等への寄付金控除の大幅な拡大)を盛り込むべきである。報道されている(市民の逆切れを招く)ような票の取り込み等している場合ではないのだ!せっかく充分な休息のおかげか?すっきりした顔をなさっていたのに、奥さんと何をお話しなさったのやら、甚だ疑問に感じる日々である。
政治利権と分配の構造を変える「プログラム25」完結編
某テレビ番組で原口総務大臣が、力を込めて最後におっしゃっていた通り「私たちは河村さんたちと国会Gメンという会を作って活動していました。その中には亡くなられた石井紘基さんもおられましたが、『今までの利権と分配の構造』を変える。」ということに現段階では尽きるのではないか? 将来のことに関して、いろいろなことを皆さんが言われますが、この構造をないがしろにして、先に進んではいけないのである。何故ならば、日本は未だに普通な(まともな)国ではないからだ。生煮え状態で、普通の国かのようなアクションは消化不良を起こします。
菅総理は、例えば「急激な円高、株安」など、現在進行形な物事の対処に追われている。一方で各大臣の指揮の基、改革の進捗状況のアナウンスメントも必要である。現状を変えた法案もたくさんある。例えば、長らく待ち望んでいた幼稚園(文科省のもと教育機関であるという)の保育園化(幼保の一体化)がある。今後、公立の幼稚園が地方自治体の基に、どう扱われて行くのかを注視したい。
法学博士の石井さんのよく言われていた言葉に「近代の大きな法体系では『税金をつくる民間と税金を分配する行政事業』しかない、中間的な存在などないのである。」ということがある。百歩譲って、今後は鳩山さんが政権末期に発表された「『新しい公共』とは、『NPOなどの法的存在』に寄付したら、税金を大幅に控除(まけてあげる)しましょう」ということはあるのかもしれない。
以下、今日で最後!故・石井紘基さんの真の「構造改革のための25のプログラム」(2002年半ば記)を紹介して、政権交代後の初供養となればと思います。
第四節 品格ある「公務」の復活

プログラム二三 「公務分限法」を制定する
行政は権力であり、出過ぎてはならない。行政の使命は社会の公正と安全を保持すること、つまり、必要かつひかえ目に税金を使って福祉、医療、教育、治安、外交、防衛の事務にあたることである。
教育は健全に進んでいるか、福祉の行き届かないところはないか、治安に欠落や行き過ぎはないか、法は守られているかをチェックし、その事務を遂行することである。
また、行政担当者は自ら姿勢を正し、公に奉仕し、間違っても私利私欲を追求するなどあってはならないし、不必要なところに国民の金を使ってはならないのである。こうした趣旨を「公務分限法」として定めるべきだ。
憲法八六条は税金の使い途について厳しい態度をとっている。すなわち「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」「予見し難しい予算の不足に充てるため、国会の議決に基づいて予備員を設け、内閣の責任でこれを支出することができる」と規定している。
つまり、憲法は、国の会計は各会計年度ごとに完結するもので、かつ年度当初に金額が予定できなければならないことを定めているのである(単年度主義)。
これによって、儲かるか損をするかわからない事業、長期短期の投資活動などを排除しているのである。
裏を返せば、この国の経済活動の担い手は民間であり、経済、すなわち、市場の活動に行政が立ち入ることを予定していない。今日のわが国の財政運営は明らかに憲法違反の疑いがある。
行政が民間事業に補助金を出したり、行政事業と称してビジネスに手を出したりすれば、市場の資源が経済活動から行政事務のものとなり、たちまち経済を壊し、市場を狭め、負担を増やす結果を招く。
事実、行政がやっている年間数百兆円のビジネスの中で、どの事業・業種をとってみても採算の合っているものはない。子会社・孫会社は座っているだけでお金が入ってくるが、国から見れば際限のない借金の山が築かれているのだ。
憲法の定めるところに従って、政府は中央・地方にわたって原則として投資事業を止め、それらを経済の領域に戻さなければならない。
憲法をはじめとする基本的法律に照らして、行政の範囲と権限、責任を明確にすべきである。いかなる形をとろうとも税金が政治家、公務員に直接間接に流用されたり、儲かるか損をするかわからないビジネス(各種投資等)に用いられたりしてはならない。
しかも、一年単位で見て一円たりとも不明であってはならない、そういうものだということを、はっきりさせる必要がある。
また、政治家、公務員は国家国民のため、未来のために奉仕し、仕事をするという重い使命を持った誇りある存在であると同時に、重い責任を負うべき存在であることを明確に規定する必要がある(ちなみに、政治家と行政官がお手盛りでやっている叙勲制度などは、業界への褒章も含めて即刻廃止した方がよい)。天下りや二重退職金などはもってのほかである。
同様の主旨で「行政監査院」と「政治監察院」を設けるべきである。いま行政監査は総務省が行っているが、行政自身が行うのではなく、権威と権限をもった国民の機関が必要である。
また、政治家自身が多数決で選挙法を決めたり、報酬や政治資金を決めたりするのではなく、厳正な国民によって作られる政治監察院によるべきである。
そして、政治家や政党は企業や団体から金をもらうのではなく、国政に献身することと引き替えに政策調査と立法活動のための必要な費用を保障され、言論の自由を侵されること無くその使途を監察されるべきである。

プログラム二四 行政監察を徹底し、会計検査院を強化する
憲法第九〇条は「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない」と定めている。
しかし、会計検査院の検査はとうてい国の収入支出のすべてに及んでいないし、検査報告は国会に提出されても次の年度にもその次の年度にも、実際には審議されていない。この点でもわが国の政治は憲法に則していない。
そもそも、納税した税金が適切かつ有効に使われているかどうかを国民がチェックすることは世界共通の民主主義的権利である。
わが国の制度では、地方公共団体の場合、自治体に監査委員会があり住民が監査請求権をもっている。
国の場合は議会に決算行政監視委員会(参議院は決算委員会)が置かれ、”独立”(現実には”孤立”と言った方がよい)した会計検査院があるが、国民には監査請求権が与えられていない。それに替わって会計検査院の検査があるという建て前なのだ。
したがって、国の機関の決算や補助金の検査を行う会計検査院は、きわめて重要な機関のはずだ。国の収入支出の決算について検査し、内閣が国会に決算書を提出するさいに、検査報告を添えなければならないことになっている。
会計検査院の検査対象は、①「必ず検査しなければならないもの」(必要的検査対象)と、②「検査院が必要と認めたときに検査することができるもの」(選択的検査対象)に分かれる。
①の対象は、国の毎月の収入支出、国が資本金の二分の一以上を出資している法人(たとえば政府系関係機関や特殊法人)の会計、国が資本金を出資したものがさらに出資しているもの(たとえば農協系団体や特殊法人の子会社)の会計、などとなっている。
それら検査対象となる機関・団体等の数は、検査院によれば約三万八〇〇〇ヶ所とされている。後述するように実際はこれよりはるかに多いはずであるが、三万八〇〇〇ヶ所ですら、検査院の調査官七〇四人(職員数一二五一人)で検査し切れるものではない。
実際、実地検査が行われるのは約八.五パーセントの三二〇〇ヶ所である。それでも仕事量からすれば実態はかなり過重である。
検査院は検査の結果を、①不当事項(法令等に違反、または不経済・非効率な事態)、②意見表示・処置要求事項(改善要求)、③処置済事項(改善された事項の記述)、④特記事項(予算の効果、事業成績が適切でない事態の問題提起)、⑤国会からの検査要請に対する検査状況-の五分類で内閣に報告する。
平成一一年度では①が二五二件、②が六件、③が三七件、④が一件の計二九六件、金額にして二一四億円であった。
以上のような会計検査制度には多くの問題があり、根本的な改革が必要である。
第一の問題点は権威である。会計検査院はこれまで様々な無駄遣いや非効率を指摘してきた。中海干拓や藤前干潟の干拓事業から、高速道路事業や港湾建設事業、さらにはODAや国有林野事業の無駄使いなどだ。
しかし、検査院には強制権限がなく、いうなれば「指摘」するだけで終わってしまう。省庁などは「指摘」を受けた事業を中止したり責任をとったりする義務はない。また、検査院にとって、予算配分権を持ち族議員を抱えている各省庁に対して強く物を言いにくいのも事実である。検査官は「先方が資料を出してくれない」とよく嘆いているが、実際のところ、相手が省庁の場合、「調べさせていただきたいのでご協力を」という感じである。
第二の問題は検査対象の範囲である。本来、税金の使途については、わずかでも不明があってはならないので、チェックのシステムが隅々まで行き届いていなければならないはずである。
しかし、わが国の財政制度では国民のおカネが補助金の形で約六万ヶ所、事業費としては一〇〇万ヶ所以上にわたっている。これでは検査院の規模を一〇倍にしても、とうてい検査し切れない。
しかも、これ以外に、税金で作られた一万(社)を超える行政系列の株式会社などがある。公益法人、認可法人とその子会社・孫会社、特殊法人の子会社・孫会社、地方公社、「三セク」などだ。これらは私企業または民間法人の形をとっているため検査院の検査権限が及ばない。そもそも、こうした企業(団体)を作ること自体、公金を私企業の資産とする行為であり、憲法違反、公金横領なのである。
このようなことになった原因は、利権政治であり、天下り構造である。言い方を替えれば、利権政治が民主主義のシステムである会計検査をマヒさせてしまったのだ。
その結果、「会計検査院法」そのものが憲法の規定を逸脱してしまった。検査院の検査対象には「会計検査院法」が制定された後に付け加えられたものが多い。
そもそも憲法が想定していない税金による「出資先」や孫出資先の株式会社や公益法人、「補助金」交付先の業界団体や企業など、あってはならないものができてしまった。次々に生まれるそれらも検査対象として明記せざるを得なくなり、「会計検査院法」そのものが憲法上矛盾をきたしてきた。
つまり、税金で私企業をつくり、公金を私物化することを法律上認める結果をつくりだしてしまったのである。
第三は会計検査院の独立性の問題である。検査院は「内閣に対し独立の地位を有する」と会計検査院法には明記されているが、その独立性を保障する根拠はどこにもない。検査院の職員は公務員の一般職試験によるもので少なくとも他省庁と横並びであるし、予算や定員は財務省の厳しい査定と族議員が支配的な国会に縛られている。
さらに重要なのは、検査院は政府や省庁の政策や事業そのものに対する是非の判断が実際にはできないことである。
無駄な事業や利権性の強い誤った事業の中止や責任を問うことができないため、「無駄」の指定も計算間違い程度の小額のものとまり、全体でも検査院自体の運営予算額程度に限られてしまっている。
第四の問題は調査官の人数と待遇である。調査官の人数は少なくとも現状の五~六倍は必要不可欠であるし、全体の職員数も五〇〇〇人以上でなければ最小限の検査もできまい。
こうした問題点を克服し、会計検査院に本来あるべき機能を発揮してもらうにはどうしたらよいだろうか。私の改革試案は次の三点からなる。
一、会計検査院に予算、職員採用、待遇などの面で大幅な独立性を持たせるため、職員の身分を特別職公務員とし、行政定員から除外し、予算にも独自性を持たせる。
二、検査そのものに強い権限を付与し、政策や事業に対しても判断を示し、誤りや不正を追及する権限を与える。
三、(検査院制度ではないが)子会社や事業団体の設立を禁止し、それらの団体への補助金等を廃止し、予算の行き先を行政機関と行政機関の物品購入先のみに限るという、行財政のあるべき公明な姿に戻す。この結果、検査院の検査対象が明確となり、会計検査が制度上合理性を持つこととなる。

プログラム二五 天下り禁止法を急いで定める
国でも地方でも行政権限を笠に着た公務員の天下りが野放し状態である。天下り先の外郭団体の退職金も国民の不公平感、不信感を増大させている。
全国で数十万人にのぼる天下り役員に支払われる公金、莫大な金額である。しかも、すでに触れた通り、中には五回も六回も行政の系列を天下り、ひとりで三億円、四億円という報酬・退職金を手にしている者も少なくない。
私は平成一〇年、国家公務員の(国の機関と密接な関係にある団体への)天下りと高額退職金の重ね取りを禁ずるための法律案を作った。
この法律は、その後、民主党の案として国会に提出されているが、いまだに審議されないままとなっている。
法案の内容は、国家公務員は離職後五年間は、国の機関と密接な関係を持つ団体等の地位に就いてはならないこととし、同時に定年前の退職勧奨も禁じる。
また、外郭団体の給与は公務員と同等以下とする、というものだ。公務員の退職金は生涯一回のみにすべき、と思っている。
要するに”天下り”を公務離職後五年間禁止することで、実際上、(元)公務員としての影響力と六五歳以上(六〇歳定年)という年齢によって天下りをほとんど無意味にしようというものだ。給与や退職金も一般社会と大きな差はなくなる。
この法律ができれば、中央省庁にとって公益法人やファミリー企業を作る意味は半減し、税金の無駄遣いも減ることになる。地方自治体でも、条例等で天下り・退職金を規制すべきである。
改めて故・石井紘基代議士の真骨頂から強力な政治主導の必要性を問う

ここからが、石井の「裏表の国家予算に精通している所以に発言できた大胆な提言」であり、より強力な政府(政治任用が担保された)が必要となってくるところである。財投の根幹である郵貯・簡保(政府系金融)は完全民営化、ユニバーサルサービスである郵便事業は、民業(参入の自由を保障して)を圧迫しないために寧ろ国営(あのアメリカでさえ、そうなのだ)のまま残すべきだと考えます。
第三節 国家予算の半減

プログラム一八 五年で予算規模を二分の一に縮小する
第一章で詳しく見たように、わが国には公的な借金が一〇六六兆円ある。借金は国の分だけでも毎年四〇兆円以上増え続けている。国の借金に対する国民負担は利息だけでも軽く一日四〇〇億円を越えている。わが国は毎年毎年、元利返済金額より新たな借金額の方が大きいという”サラ金地獄”に陥っているのだ。
この事態への対応策として政府がとってきたのは、さらなる行政主導の投資政策だが、こうした官制経済の拡大は悪夢が悪夢を呼ぶ結果をもたらすに過ぎない。
小泉首相は平成一四年度予算で新規国債の発行を三〇兆円以内にすると公約しているが、この程度の方針では悪夢から脱出する展望は生まれない。
わが国の国家予算の規模は一般に信じられている八五兆円(平成一二年度)ではなく、実際には財政運営の主体となっている特別会計を軸とした二六〇兆円である。税収(四七兆円)に照らして、国の予算がこのように異常な規模になった大きな要因は、郵貯(総額二五五兆円)、年金積立金(総額一四〇兆円)、簡保(総額一一〇兆円)などから特別会計で借金をし、事業予算に充てる仕組みだ。
もちろん、これ以外に国債の乱発もある。平成十三年度予算でみて、二五〇兆円の歳出(純計)のうち補助金は、一般会計で二二.一兆円、特別会計で三一.九兆円の合計五四兆円が計上されている。このうち、地方交付税交付金(一部公共事業関係費も含む)と特殊法人等へ支払われるもの、および福祉・教育関係を除いたもの、すなわち公共事業関係と企業、業界等の経済関係のものは、合わせて三〇兆円を超えている。また、公共事業費は(相当部分は補助金と重複するが)約三〇兆円あり、これに公共事業人件費、公共事業借金(建設国債等)負担などを含めると公共事業費と補助金総体の予算額はさらに数十兆円増える。
こうした実体からすれば、公共事業費と行政企業を含めた補助金の総額のうち、五年間かかって、年間予算を三〇兆円削減することは決して困難ではない。
さらに、向こう五年間で二六〇兆円の歳出すべてを抜本的に見直し、中央政府の予算規模をせめてドイツ、フランスの五倍、アメリカ(連邦政府)とほぼ同じ一九〇兆円程度に縮小することが必要である。つまり、会計全体の整理・簡素化と合わせて、歳入・歳出を一〇〇兆円縮小する。これをどう達成するか。
さて、おおかたの読者は、国家予算を一〇〇兆円も減らすなど、空想的で非現実的な話だと思われるかもしれない。しかし、そんなことはないのだ。歳出を大幅に圧縮する鍵は、一般会計(八五兆円)から五一.六兆円を受け入れ、総額三三六.七兆円(歳入)にも膨れ上がっている特別会計にある。差し当たり大幅に整理・縮小できる予算事項と歳出は、次のようなものである。
▽まず地方交付税特別会計である。地方交付税交付金は、一般会計から交付税特会を通して地方公共団体に支払われる。一般会計から交付税特会に入るのは約一七兆円なのに、地方へは約二〇兆円が渡されている。約四兆円もの差が生まれているのは、竹下登首相時代に創設された地方単独の公共事業への交付補助(最大五五%)や、公共事業の地方起債分への裏補助など、一般会計から出せないものがあるので、特会を用いて、このような姿になったのであろう。
その約四兆円は、交付税特会が資金運用部(現・財政融資資金)から借り入れている。借りても返せないから、利息も含めて毎年、上積みで借り替えを行う。返済財源のない借金である。その結果、平成十三年度の借り換え額は四二.五兆円に達した。四二.五兆円を借り入れて三八.八兆円を返済する。その返済は、国債整理基金特会を通して資金運用部へ渡る。複雑怪奇、奇妙奇天烈だ。
この四二.五兆円は、第一章に示した国の借金(「借入金」)に計上されている。このような不明朗な特別会計は廃止し、地方交付金は一般会計が直接処理すべきである。地方単独事業への補助交付や地方起債への裏補助も見直すことで歳出の削減ができる。すなわち、国の予算上の歳出(特別会計)四二.五兆円と歳入三八.八兆円(実債約四兆円)は整理・削減することができる。
▽特別会計の中の「財政融資資金への繰り入れ」(約四四兆円)は、特殊法人を廃止することによって、ほぼ不要となる。平成十三年度予算で見ると、財政融資資金特別会計が財投債の形で調達する約四三兆円がそのまま財政融資資金に繰り入れられる。したがって、財投制度の抜本的見直しと特殊法人等の廃止によって、四三兆円は次第に縮小し、ゼロに近づけることができる。これは、まさに、郵貯や年金という国民の資産から借金して国の予算に充てる不正常な歳入・歳出であるから廃止することが重要である。
▽郵便貯金(一一.五兆円)、郵便事業(七.五兆円)の両特別会計は、平成十五年の郵政公社化とともに廃止されるのが当然であろう。
▽特別会計のうち、道路整備(四.五兆円)、港湾整備(四五八八億円)、空港整備(四八〇〇億円)、治水(一.五兆円)、土地改良(五五〇〇億円)など公共事業関係の支出も一般会計に移行し、原則として税収の範囲内で管理することになれば、相等規模の歳出削減が可能となる。
▽平成一三年度予算における特殊法人・認可法人への政府予算支出は、一般会計から四兆円、特別会計から三.五兆円、計七兆五〇〇〇億円である。これは早晩セロにしなければならない。
以上、大どころだけをざっとあげてみたが、さらに特別会計全般や施設費や省庁予算の中には山ほど無駄な事項・分類が含まれている。
プログラム一九 国債の新規発行をゼロにする
さて、前項では基本的に会計の整理を中心に歳入・歳出の縮小について述べたが、今度は、それとは別の角度から財政の改善と構造改革の課題に触れてみよう。
すでに述べたように、補助金及び公共事業費の削減によって早期に三〇兆円の歳出削減を実現できる。また、最優先課題として断行されるべき政府系公益法人や特殊法人、地方公社など、官企業の廃止は市場の活性化という重要な効果を生む。
これらが独占している膨大な事業が順次市場化し、経済全体に相乗的活力を発揮するからである。これによって三年後以降には顕著な税収の伸びが期待できる。
従来、官企業であるがゆえに免除されていた税金分と合わせて、五年以内に、年間三〇兆円程度の税収増が実現できよう。三〇兆円の削減と三〇兆円の税収増で計六〇兆円の調整幅ができることになる。このうちの三〇兆円によって新規国債発行ゼロを実現できるのである。
さらに、この後の健全な市場経済の発展と「簡素な政府」実現の中で大幅な歳出縮減と税収の増大を実現することができれば、必然的に国の借金は減少の軌道に乗る。同時に行政企業と利権の多くが姿を消すことによって国民の公共料金と税金負担が大幅に軽減される。
この間に地方分権を進め、税配分や徴税権の大幅な地方への移転が行われるべきだから、そうなれば当然、国レベルの予算規模は実際には前記の数字より大幅に縮小されることになる。
一〇年後のさらなる目標としての国家予算の規模は一〇〇兆円を限度とすべきであろう。つまり、国税による歳入一〇〇兆円以内ということである。ここで、はじめて真の意味でのプライマリーバランスが回復することになる(この点で年金の扱いが問題である。私は年金は基本的に税によるべきと考えるが、ここではそれを含めない)。
さて、当面する平成一四年度予算の編成においては、以上の立場から少なくとも二〇兆円の公共事業・補助金の削減を実行し、一〇兆円を構造改革のコストに投ずるべきである。そして、新規国債の発行額は、(小泉内閣が目指す三〇兆円ではなく)二〇兆円以内に抑えなければならない。そのさいには、いわゆる「成長率」が三~五%程度下がることも宣明し(マイナス成長)、これは景気の指標とは異なるものであることも合わせて明らかにすべきであろう。
わが国の財政構造の現状からすると、(すでに述べたように)財政支出が減少すればGDPも下がり、したがって、成長率も下がるからである。このさい日本国の癌の病は加速度的に進行しているのであるから、煮え切らない改革はかえって事態を悪化させることを付言しておく。

プログラム二〇 「中高年一〇〇万人のボランタリー公務員制度」をつくる
このように公共事業費の削減や補助金の大幅カットを実施すれば、経済に対し一時的に大きな負の作用を及ぼすことは避けられない。多数の職員等が一時的に失職するからだ。先にも述べた通り、総体で二〇〇万人と想定される失職が、金融では政府系金融機関、不動産・土木建設では中央・地方の特殊法人などと相当数の系列子会社で発生する。この一大失職状況への適切な対応こそ、構造改革戦略の要諦となる。
政治の舵取りとして重要なことは、これまでは行政企業が掌握してきたビジネス領域で民間企業が自由に腕を振るえるよう、税制、金融、法制度面等で十分な環境整備を行うことである。同時に、徹底した労働時間の短縮、長期休暇制の導入、賃金体系の見直しも必要だ。さらにたとえば地方の土建会社のような、公共事業需要によって生きてきた民間企業などに対しては、自然環境保全事業や福祉環境・教育環境整備事業などにシフトできるよう、政府の誘導と支援が必要である。
そのさい、将来の高齢化・健康文化社会に向けて、あるいは経済活性化のためにも、都市と農村の大交流策を打ち出すべきだ。たとえば、農村地方に都市住民が一定面積の土地、菜園、建物を取得することや、あるいは大学などの文教施設や医療・福祉施設の移転・建設に対して、大幅な優遇措置を講じるのだ。これによって地域の自立的経済活動を盛り上げることができる。
こうした一連の積極的な新しい社会を築くためには、多様な技能や知識、意欲を持って、これを手助けする相当な人材が必要となる。これには公に奉仕する社会経験豊かな五〇歳以上の中高年こそ出番である。半ば、ボランティア精神で次世代社会づくりの役割を果たしてもらうべきであろう。このために「中高年一〇〇万人のボランタリー公務員制度」を導入し、福祉や社会教育、職業・技術指導、伝統文化や環境保護事業、生活支援など幅広い分野・地域に中高年を動員すべきである。

プログラム二一 二〇兆円を社会保障、一〇兆円を環境保全に追加する
今後、これらの失業対策、雇用の移動、地方における新たな事業の喚起、そして農業および土木建設業対策を進めるに当たっては、相当の予算が必要である。予算をつけるにあたっては、次の原則を守る必要がある。
すなわち、①補助金ではなく、税その他の条件整備策に依ること。しかし、従来のように投資事業は行わないこと。②そのための団体・法人を置かないこと。③議会が決め、行政の直接の責任の下に財務管理を行うこと。④不特定多数の国民の利益に直結する方法ですすめること、などである。下水道や河川、一般道路整備などは、こうした改革を行うことによって予算が正しく効率的に使われ急速に進捗するはずだ。
向こう三年間を改革調整期間として、この間、新規に必要な予算額としては、年三〇兆円と考えられる。従来型の公共事業や補助金からのシフトでこれを施行するべきである。
三〇兆円の中身は、失職対策や雇用移動を含む広い意味での社会保障費が二〇兆円、地方の民間による自然保護や福祉・教育・生活格環境整備や自然食生産などの自立した事業展開を奨励する自治体のための予算が一〇兆円である。
これらの措置は、調整期間終了後も、国民の将来への安心と地方の自立のために継続されるべきである。これによって転換期の混乱を最小限に止め、同時に構造改革によって生まれる新たな市場経済の躍起と国家財政の危機脱却をはかることができる。

プログラム二二 大規模減税を実現する
真の構造改革を掲げる政権は、三年後の大規模減税を国民に公約すべきである。
日本の企業は全般に、重い公共料金と行政手続き負担のため生産コストが高水準となり、同時に従業員の生活コストが著しく高いため、人件費の高騰を招いている。こうした経営を束縛する社会的重負担構造は公共事業長期計画の廃止や行政企業の廃止によって格段に改善されるが、さらに、企業の成長力を改善し、国民の消費能力を高めるには法人税、所得税等の減税が必要である。
また税制抜本改革のなかで固定資産税、相続税の大幅減税を断行し、可処分所得のさらなる増大をはかることも不可欠であろう。食料品や医療、福祉サービス等にかかる消費税の撤廃も重要である。
年金改革については当面、年金資金運用基金を廃止し、国が直接管理する積み立て方式に改めるとともに、一定の所得水準以上の加入者に対する給付の引き下げと国庫負担割合の増大を実施すべきである。将来的には「税による年金」「税による医療」「社会による介護」の目標を掲げ、先に述べた「中高年一〇〇万人のボランタリー公務員制度」をつくって高度福祉社会の実現をめざすべきだ。
健全な市場経済にあたっては、こうした経済活動の活性化と将来不安の解消のための一連の改革と税収の増大とは相互に一体のものとなる。それが国民福祉の向上につながるのである。
「故・石井紘基」改革ビジョンと現政府の目玉政策
「特会の仕分け」から生み出される拡大再生産と税収増。一時的な財政出動はともかく、慢性的な官事業による民業圧迫。国交省改革。公共建設事業者の転業促進。中間搾取農業・農業金融業から自給率促進農業へ。「出先機関の整理」など地域主権の第一歩「一括交付金制度」のスタート等、総務省の決意力。
何れにせよ、やり切らないと「中途半端な改革」は、国民の失望感・失速感も加味して、官僚主導の復活を許し、かえって財源不足に陥らせる。
*以下の文章は2002年半ばのものであり、「現状の捉え方・分析、改革の方向性」を参考にしていただきたい(昨日に引き続き、故・石井紘基衆議院議員の「構造改革のための25のプログラム」から)。
第二節 権力の市場からの退却

プログラム一二 特別会計、財投、補助金を原則廃止する
わが国の財政が「特別会計」や「財政投融資」という”裏帳簿”と「補助金」という”魔薬”によって構成された利権システムに堕していることは、第一章で説明した。権力による市場支配を財政面で支えているこの呪われた「御三家」を取り除くことは、経済の再生と健全な社会の復活にとって不可欠である。
「特別会計」については原則として五年間で原則として全廃することを前提に見直すべきだ。また、省庁ごとの所管制を止め、とりあえず、二~三年の暫定措置として全体を財務省の所管として国民に見えるものにすべきである。そのさい、現行の三八種類を一本化するとともに、少なくとも四分の一の規模(約八〇兆円)に縮小し、透明かつ簡素にする必要がある。
廃止または抜本的見直しの方法や緊急度は、事業系、保険系、管理系、融資系、整理系など特別会計の性質によって異なる。港湾設備、空港設備、道路設備など事業系の特別会計と、産業投資、開発資金融通など融資系特別会計、および電源開発促進、石油・エネルギーなどの整理系特別会計の大部分は直ちに廃止すべきである。
また、従来から九種類の税金が一般会計に入らず直接特別会計に投入され、国民にとってみれば納めた税金の具体的使途が国会の議決に付されないため半ば行方不明の状態であった。こうした不透明を放置するわけにはいかない。税金はすべて正規の一般会計に入れるべきである。
さらに、従来から国家公務員の給与等人件費も、半分以上が特別会計から支出されている。国家運営の基本的支出の一つである人件費・管理費について、このような不透明・不明朗は許されない。
年間四〇兆円の規模をもつ「財政投融資」制度は市場破綻の元凶であるから早急に廃止すべきである。
「補助金」も、基本的に好ましからざる制度である。したがって”公共事業”や財投活動に関わる「補助金」はスケジュールを立てて早急に全廃しなければならない。
ただし、現実問題としてすべての補助金を一挙にはいしするわけにはいかない。とくに教育、福祉、環境保護関係と仕掛かり中”公共事業”の地方負担分に対する交付金等は経過的な措置が取られなければならない。
また、民間が担っている福祉事業等に関する補助は将来、市場経済への移行と税制改革の進展の中で、(税の選択的納付としての)民間からの寄付に支えられるような誘導が必要である。もちろん、基礎的な福祉・教育・医療は中央・地方の政府予算で責任を持つのが憲法上も当然であり、それが前提の話である。

プログラム十三 「開発」「整備」「事業」法を撤廃する
政官の権力が経済の分野から”メシの種”を取りあげ、行政権力の支配下に治めるための法律は「○○振興法」「○○促進法」「○○事業法」など、開発、整備、事業の名を冠した法律のほか、多くの「○○振興法」「○○促進法」などである。
こうした”事業法”は、主だった大きなものを拾い上げただけでも事業関係一二八、振興関係一二一、整備関係四一などである。これらの法律には、すべて省庁や省庁関係機関の経済活動への関与に関する権限が規定されている。わが国の法律は全部で約一六〇〇本ぐらいだが、そのほぼ五分の一は、こうした”事業法”関係である。関係法令、規制などをあげればダンボールで山積みされるほど大分のものとなる。
これを見れば法制度の面からも、いかに経済(市場)の分野の仕事を政官が支配しているかがわかる。同時に、いかにわが国が、経済的にも中央集権の官制経済で、市場性が薄く、競争機能が失われた一種の計画経済であるかが明瞭になる。
したがって、市場経済体制の確立のためには、まず、一連の”事業法”の全面的な見直しと廃止に取り組むことが不可欠である。
プログラム一四 公共事業長期計画を廃止する
第三章で問題点を詳しく述べた、わが国特有の”公共事業”の早急な廃止もまた必要だ。
国が直接手掛けることが許されるべき社会資本整備は(離島や遠隔地などの例外を除いて)、新幹線を含む幹線鉄道と、高速を含む幹線国道、主要空港、重要港湾、さらには電信電話などの交通通信、それに防衛、治安上の基幹的整備に限られるべきだ。しかも、これとても、市場経済と国民生活にとってコスト上のメリットを生ずることが絶対条件である。
交通・運輸インフラを例にとれば、わが国は平野が少なく、起伏に富み、人口が多く、細長い列島である。こうした自然条件と地域的特性を重視した総体的見地から、その整備を考え、陸、海、空を機能的に関連させた、より効率の高い交通体系をつくらなければならない。
北海道から九州に至る列島縦断の幹線鉄道や幹線道路は、すでに整備されている。重要なのは、これに空路の開発や新幹線をどのように有機的に位置づけるか、である。どこもかしこも開発するなどということは、もはやできない。幹線道路、幹線鉄道を横につなぐ支線あるいは都市地域の交通網についえは、地方の経済界など民間のイニシアティブが発揮できるよう、民間の要望に応じて法制上の整備をしておけばよい。幹線の交通インフラも原則として「国営」を止め、民間企業に移管すべきである。
航空交通については、せいぜい北海道、東北、関東、中部、北陸、近畿、中国、四国、九州、沖縄、の一〇ヶ所と一部離島に国内空港があればよい。大きな国際空港は現在のところ、東京圏、大阪圏、九州圏にあれば充分だ。海上交通もほぼ同様である。
いま、わが国では、国がこれらのほかに、港湾および周辺開発、漁港整備、ダム、橋、都市開発、区画整理、農道、林道、治山・治水、農業構造改善・土地改良など多岐多様な土木事業を実施しているが、これらの大部分は政府が所管している結果、政治家と中央省庁の裁量権が働き、予算が無駄に使われている。これを改めるには、地方の工事計画や発注は民間の責任において行うように改めるべきだ。行政はあくまで協力者にとどまるべきであって、事業主体となるべきではない。公共事業の全面見直しによって巨額な公共事業支出は大幅に削減することができる。少なくとも当面、国、地方、特殊法人を合わせて年間に二〇兆円程度減らすことは困難ではない。
原則として残すべきは、文教施設、医療・社会福祉施設、一般道路設備、特定の治山・治水事業、地方自治体に必要な事業、その他下水道整備や緑の保全など、生活の安全と自然環境を守るための事務事業である。しかも、これらの事業といえども、利権や天下り団体を介在させず、特別会計を用いることなく、税金で直接実施するようにしなければならない。

プログラム一五 新しい民間の公共事業勃興策を打ち出す
現在、公共事業を請け負う全国の土木建設関係企業は約六〇万社、そこに働く職員は約七〇〇万人といわれている。公共事業の廃止によって職を失う、これら従業員に対しては、まったく新しい社会資本形成の構想に着手することによって職場を提供しなければならない。
インターネット、情報化時代に対応し、また、高齢化社会に対応し、さらには、自然環境の重視と人間性豊かな心の文化を築く社会資本の構想を地方で展開することが必要である。
具体的には、教育施設の地方移転推進や医療・福祉施設の大々的整備、情報産業の地方への誘導、セカンドハウス建設運動、インターネットを通じた自家菜園の供給など、地方を舞台とした新しい営みを、資金面でというより制度面から大胆にバックアップするのである。
税制でいえば、こうした事業に対して不動産取得税や固定資産税の一〇年間無税化をはじめ、長期休暇制や労働時間短縮など雇用労働政策とも連動した可能な限りの奨励策を打ち出すべきだ。
その際、こうした施策が地方政府の負担とならないようにするだけでなく、地方にとって、より大きなメリットを生むための措置を講じたい。
また地方自治体を中心に、不要な”公共事業”施設の撤去と自然回復のための生活事業の展開などを推進すべきである。
こうした事業は社会政策的経費として多少の予算がかかったとしても、従来の公共事業や農業予算の無駄に比べれば未来の豊かさにつながる。
国民に犠牲を強いる「公共事業」に替わるものは、中間搾取なしに地域経済を活性化させる住民自身の自立した自由な営みを促進する「生活事業」である。
その一つは、地域下水道事業だ。従来のように毎年四兆円も使っていながら、さっぱり普及しない利権型の「広域下水道」でなく、地方自治体に財政自主権を賦与した上で、合併浄化槽やコミュニティプラント方式などを組み合わせた地域生活型で推進すれば、急速に整備が進み、地域の活性化にも結びつく。
文教・福祉・医療施設や生活道路の建設にあたっても、地域計画・実施・費用などすべての面で民間パブリック密着型に改めるなら、「早く安く多く」が実現し、地域経済に寄与するだろう。

プログラム一六 ”政治農業”をやめ、産む農業をとりもどす
農業も本来は第一次産業として自由競争・市場経済の一翼を担う存在だ。ところが、わが国では、伝統的に農業分野を”票田”-補助金-政治資金の対象として扱ってきた。中央権力にとっていざというときのために好都合な存在にしてしまったのである。このようにして農業団体は補助金獲得をもっぱらの目的とするようになり、政治・行政と表裏一体の構造が築かれてきた。
政官の利権に踏みにじられて生気を失った農業経済を甦らせ活性化する第一歩は、利権に直結する中間団体への補助金を止めることだ。そして、農業法人または株式会社制の全面的導入や行政密着の農協制度見直しによる単位農協の自立を実現することが重要である。
さらに、大幅な税の優遇措置を設けるとともに、農業予算は使い道を指定することなく、農業者数や農地面積など一定の基準の下に地方自治体に配分し、名実ともに民間が行う農業基盤整備等を行政レベルで支援するようにすべきだ。
それにより中央省庁の権限がおよばなくなり、政治との癒着も不要となる。地方レベルの癒着、利権の防止については、会計検査や行政監査権限の強化をはかることで対応する。
農業、とくに米価については対外的配慮も必要であるが、基本は市場の論理を貫くべきだろう。自給率を向上させるという課題も、食管法依存では解決しない。地方ごとに自立した政策をとる体制ができれば、特色ある各地の美味しい自然の産品が外国の安い食品に打ち勝つことは困難ではない。私が視察したスイスの農畜産政策は、そのための手本になる。生きた農業の素晴らしさを取りもどすべきである。
補助金制度と特殊法人・公益法人、農協系列などへの天下りと業界の政治献金制度を抜本的に打破すれば、農業の生産コストは格段に改善する。そもそも気候も土地もよく、技術力もあり、作高もよく、人も勤勉で粗食の日本の農業物価格が欧米の二倍、三倍という実況は、全般的な利権構造に起因しているのである。
”政治農業”をやめて官から離れること、官の管理を止めさせることこそが、農業で流された汗が無駄なお荷物になるのではなく、反対に経済的価値を生み国民生活の源泉として甦る道なのである。

プログラム一七 徹底した地方分権を断行する
中央に集積された予算が公共事業と補助金によって企業や業界・団体に配分されるシステムは、既存の政治権力を支え、政治権力への経済を隷属させる。この財政システムの下で、政権にある政治家は地方と中央権力の仲介人となる。
このようにして、政治家の”顔”は”金”をもたらし、その金の一部が今度は”顔”を支えるのである。こうして政治家に還流した税金は、すでにみたように表に現れただけでも二二〇億円である。この不当な支出をなくすには、政治家の”顔”をなくすことが必要だ。もちろん、無駄な公共事業が行われないため、無駄な補助金、委託事業費などが支出されないためにも、である。
地方公共団体の総数は三二七六である。たいていの市町村には、ひときわ目を惹く庁舎が建っている。立派な議会棟や市民センター、博物館などとともに、多額の維持管理費と運営費が支出されている。ある市長は「市町村の数は一〇分の一で十分」と言っている。かりに約三三〇〇の市町村を一〇分の一の三三〇の基礎自治体に統合し、全国を一二程度の州(都、道)政府に分割する「道州制」を導入するなら、行政経費は大幅に縮減される。ある資産によれば十五兆円の経費節減が可能だという。
ちなみに、地方公共団体が支出した平成一〇年度の物件費は七.八兆円、維持補修費は一.〇九兆円、議員報酬等は一.四六兆円、人件費は二七.〇五兆円である。地方自治体の整理統合と併せ、行政経費は全体として事業系から、福祉、医療、教育中心の事務系へ移行させるべきだ。さらに、公共事業経費や”三セク”、外郭団体等を全面的に見直し、その無駄をなくすべきだ。それは地方経済の活性化に結びつく。
現在の地方公共団体では、ある部分では国以上にズサンな財政運営が行われている。特別会計が膨張し、特殊法人や公益法人、第三セクターなどの不要な”サービス”と、議員、役人の特権がまかり通っている。行政監査制度は存在しているが、いかにも不十分だ。利権や不正に対するより厳しいチェックと責任追及の機能を果たすようにしなければならない。
地方分権では地方の財政自主権の確立が重要である。財政の権限を中央政府に押さえられている現状から脱却するため、抜本的な税制改革を行い、その中で法人税、所得税など主要な税の徴税権を地方に移管し、地方独自の自主的財政運営を保障しなければならない。そのさい、地方公共団体のあいだに存在する基本的格差を是正するための合理的な「財源調整基準」は必要だ。
それは、人口、面積などの他、福祉、医療、教育、自然保護などの価値観を導入した、箇所付けや事業指定のない直接配分によるものでなければならない。福祉施設などを多く受け入れる自治体や、自然を守る自治体、さらには都市住民のセカンドハウスや菜園づくりを受け入れる自治体、自然の食材を提供する自治体などには、それ相応のメリットを得られるシステムが必要であろう。
菅総理の盟友「故・石井紘基氏」-改革ビジョンから現政権の現状を知る
忘れもしません!2002年10月26日の朝のことを…その日、議員会館事務所を一人で開け1日のスタートを準備していた矢先に…あと2か月半で、私の政治の原点でもある故「石井紘基」衆議院議員が刺殺されてから8年になります。そんな「お盆」を迎える今日から5回にわたって、あらためて彼の「真の構造改革のための25のプログラム」を紹介します(ちょうどアメリカで出版が決まり、私がリライトしていたもの)。先日、国の借金(一般会計の累積債務)が「1年間の国民総生産」の1.9倍にも膨れ上がった!と報道されていました。菅総理も5日程度の静養に入るそうです(大事です)。
政権交代から間もなく1年を迎えようとしてますが…改めて政権交代の意味・意義(成果)を石井さんの改革ビジョンから捉え直したいと思います。私の師でもある彼の凄かったところは、将来の日本の方向性もさることながら、現状の認識・分析能力にあります。ここをフィーリング的に間違えて捉えてしまうと、とんでもないことになります。
*数字は2002年半ばにおける数字。現在、特殊法人は独立行政法人という形を変えた存在になっている。時は、道路公団分社化の真っ最中、郵政民営化3年半程前。とにかく「労働市場(就労規制)を守り、大幅な事業規制の緩和」という視点で見ていただければと思う。
第一節 官企業の全廃がもたらす経済の覚醒

プログラム一 既得権益と闘う国民政権をつくる
これまで三つの章にわたって、わが国を危機に陥れている「官制経済体制」の現状と問題点を述べてきた。本書の末尾となるこの章では、こうした現状を変革するための具体的な処方箋を二五のプログラムとして示したい。
今日の、わが国に根付いている「官制経済システム」とは、経済に対する政治・行政権力の支配であり、その意味で一種の社会主義体制である。こうした体制においては市場の競争原理は抹殺され、価値の創出は減殺され、資本の拡大再生産機能が失われる。
一定の経済水準に達した社会における社会主義は極めて危険である。それはソ連邦の崩壊や東欧社会主義諸国の末期において、すでに実証されている。経済は市場と不可分なのだ。今日わが国において市場経済を樹立するには、体制の変革が必須である。体制変革とは、すなわち革命である。
わが国の官制経済体制には政官権力の利益と既得権が貫徹している。さまざまな制度や、意識、社会システムがそれを支えている。こうした既得権の集大成を打破するためには、ある程度の社会的混乱は避けられない。社会的混乱は二つの要因から起こる可能性がある。
一つは、既得権益に依拠する勢力とその犠牲になってきた民間企業や勤労者との対立からだ。もう一つは、補助金団体や天下り団体、そのファミリー企業において多数の失職者が出現することからだ。こうした事態に対処し、改革を成功させるためには、民主的で強力なイニシアティブが不可欠である。
したがって、真の構造改革の断行を可能にするには、総選挙において改革のプログラムを明確に問い、政治責任を明示した公約を掲げ、四年間の信任を得た、強力で有能な国民政権の樹立が必要になる。
この政権がつくるプログラムは、三年間で国家の基本的モデルチェンジを断行し、変革の成果を得なければならない。そして、遅くとも五年後には経済の快調な走りを実現することに責任をもたなければならない。
小泉内閣は国民の熱狂的な支持を受け、平成十三年の参議院選挙で勝利した。しかし、それは単に、従来の政治に対する幻滅が期待となった人気に基づくもので、構造改革のプログラムを明示して国民に選択を求めたものではない。
小泉氏に真の構造改革を断行する決意があるならば、彼は改めて早急に国民が確信を持てる改革プログラムを提示し、そのための体制を確立すべきである。さもなければ新たな革命的政権にとって替わる必要がある。
プログラム二 すべての特殊法人廃止を急ぐ
特殊法人は廃止すべきである。この場合、特殊法人という組織のあり方の問題と、それぞれの特殊法人・認可法人が行っている事業内容の問題がある。存在のあり方、すなわち、特殊法人という組織形態は無条件に廃止しなければならない。その理由は第二章で述べたように、わが国の法体系に矛盾する不当な存在だからである。事業内容については、特殊法人・認可法人は主として民間が行うべき活動を行っているので、この観点からも原則的に廃止しなければならない。
ただし、廃止の時期、方法などは、それぞれの特殊法人がかかえている借金の整理、特恵的な法制、税制、政策との関係で異なってくる。
また、各特殊法人とも多数の”事業”に進出しているが、それらの”事業”のなかには基礎科学研究分野などで優れた人材を有しているものもある。このような、経済活動以外の分野での人材や技術は大学などに吸収する手立てが必要であろう。逆に、福祉や教育、環境など、耳あたりよい領域に進出して融資事業を行っている特殊法人もあるが、これらの仕事は直接国が予算をつけるべきものか、または民間がやるべきものか、どちらかであるから、一律に廃止すればよい。
特殊法人改革を進めるにあたっての基本原則は次の二つである。
一、経済活動に属する事業・組織はすべて廃止すること。
小泉首相の言う「民間にできることは民間に」は間違っている。このようなことをいっていては、またしても、(政府系金融機関が実施している)長期固定低金利の大量資金融資などは「制度上民間にはできない」ということになり、存続されてしまう。必要なのは福祉、教育、医療、治安、防衛といった行政の事務以外は「すべて民間がやるべき」と宣明することである。特殊法人などが行っているさまざまな事業のうち、経済分野のものは自然と市場の論理で民間に吸収されるであろうし、行政が担うべきものは国と地方の行政機関が予算の許す範囲でやればよい。
二、特殊法人の民営化(株式会社化)は原則として行うべきではない。
国の金と権力で巨大化し経済を浸蝕した独占企業を民営化することは、決して経済全体にとって好ましいことではないばかりか、政治・行政のモラルを踏みはずす。そもそも彼らは政府による法的、政策的、財政的後ろ盾があって、はじめて存在できる組織であるから、民間の水にはなじまない。民営化があり得るのは、基幹的社会資本整備部内で類似のものが民間にない企業体だけであろう。NTT、JRが民営化された今日、残るは道路関係の公団ぐらいしかない。

プログラム三 高速道路の建設を凍結する
以上の原則に基づいて特殊法人を具体的にどう改革するか。小泉内閣の特殊法人改革で最大の問題になっている道路四公団の問題から始めよう。
この問題を考えるには、わが国の道路行政が完全に行き詰まっているという認識を明確にする必要がある。わが国にはトータルな交通運輸政策がなく、狭い島国で旧運輸省は空港、港湾、新幹線を、旧建設省は高速道路などを、それぞれ局ごとに「作れ、作れ」でやってきた。その結果、港湾は一〇九三、空港は一〇〇ヶ所、新幹線は現在工事中を含め総延長二四六五キロメートル、高速道路は六六〇〇キロメートルとなったが、ごく少数の路線、施設を除いては、すべて不採算の状態で、各省庁の利用予測は他の公共事業と同様、大きく狂っている。
これを抜本的に改革するには、まず、国土全体の将来像を作り、その中で交通機関全体の有機的、機能的組み合わせに自然環境、経済・社会のあり方を長期的に考慮した「国土と交通のあり方」の基本構想を策定することが必要だ。そして、建設は原則として政府自らが指揮をとったり金を出したりするのではなく、市場経済と社会が必要な限りにおいて建設、維持することにする。
こうした原則にたって高速道路建設計画を全面的に見直し、向こう二〇年間の建設凍結(モラトリアム)を決定するのだ。なぜなら、今後大きな需要の増加は見込めないし、これ以上、自然環境、生活環境を犠牲にすることとはできないからだ。さらに高速道路を造り続ければ、社会資本としての経済性が失われるばかりか、マクロの社会・経済活動にコスト高というマイナス効果をもたらす。とくに、日本道路公団、首都高速道路公団、阪神道路公団、本四連絡橋公団、アクアラインなどは財政破綻を来している。このまま放置すれば悲劇的事態に至るのは明白である。
プログラム四 日本道路公団の借金は二〇年で償還する
日本道路公団については民営化せよとの意見もあるが、性急な民営化論は正しくない。なぜなら、公団には多額の料金収入が入ってくるため、新規建設を止め利権による収奪システムを再編しさえすれば、国民の大きな負担で作られた、この道路という資産は将来(孫子の世代ではあるが)日本経済に貢献することができるからである。
近い将来の民営化となれば、二七兆円(平成一三年現在)もの借金を引き受ける民間組織はあり得ないから結局、国鉄清算事業団方式のように、いったん別枠の、名実ともに国民の借金の形に付け替え計上せざるを得ない。民営化された会社の「株」は、現状ではマイナス評価だから全額政府保有となる。これでは、いずれにしても民営化とはいえないし、特殊法人廃止の趣旨とも矛盾する。
しかも、形式上の経営形態が株式会社となれば、経費方針、経理、財務状況について、原則的に国会は口を出せない。法令で経営・経理の内容を規制することは構造改革の趣旨にも反する。
これでは、最終的に二七兆円を国民の負担にされた国鉄の轍を踏むことになりかねない。また、現状では採算のとれる路線は東名、東北道、名神などに限られているので、経営の分割は極めて困難であるし、一方、基幹道路となった多くの不採算路線を営利的観点からのみ捉えることにも問題が出よう。結論的に、日本道路公団の民営化は一五年早いのだ。
では、国民の立場からどうしたらよいか。現状の財務状況を基に改革の方向を探ってみよう。
道路公団の経営は、国の補助金を除き、収入は二.二兆円(主に通行料)しかないのに借金返済は三.三兆円という、恐るべき”サラ金地獄”状態にある。にもかかわらず、厚かましくも約三兆円の新たな借金をして道路を作っている。別の言い方をすれば、収入をまるまる充てて新規道路を造り、借金返済のために借金をし、それでも足りない返済部分に税金を注ぎ込んでいるのだ。
この”地獄”状態から脱出する途は、一刻も早く日本道路公団を廃止し、財務省の直接管理とし、同時に新規道路建設を全面ストップすることから始めなければならない。財務省の直接管理となる新「組織」の仕事は、社起因返済と既存道路の維持・管理だ。
返済すべき借金額は年間で三.三兆円もあるが、これは次のような方法で捻出できる。すなわち、まずは料金収入などの二.二兆円。次に公団ファミリーの道路サービス機構、ハイウェイ交流センターの両財団法人等を廃止し、彼らが独占している収益事業を直接管理することによって四〇〇〇~五〇〇〇億円の収益を見込む。さらに、公団が保有している遊休土地および支社等の土地資産(購入価格一.五兆円余り)の売却を行い、収入を確保することも必要である。その他、子会社・孫会社の整理などによる収入も計上できる。
これでも完全な返済には足りないので、当分の間、七〇〇〇~八〇〇〇億円程度の借入金(公団債等)が必要となろう。これは当然、漸減していく。
新規工事の中止と補修等でのファミリー企業への高額な工事発注を止め、天下り、高額退職金の廃止、人件費の減少、管理費の軽減等によって、収支は少なくとも年間二.六~二.七兆円は改善されると考えられる。今後、維持・補修事業は公正・厳格な競争入札で発注し、現在ある一四ヶ所の地方支社、七五の工事事務所、九八の管理事務所、八ヶ所の技術事務所は大幅に縮小する。総裁以下の高級役員はすべて不要となる。もちろん、毎年注入されてきた約三五〇〇億円(平成一一年度)の税金も必要なくなる。
プログラム五 公団のファミリー企業から資産を回収する
さらに、第二章第三節で述べた公団ファミリー企業の不当な株売却をやり直して資産の回収をはかり、そのうえで、(財)道路サービス機構と(財)ハイウェイ交流センターを解散させることが必要である。これで一兆円から一兆数千億円が国庫に戻ることになろう。
以上、私が提案した抜本的改革を実行すれば、日本道路公団の借金は一五~二十年間で完済の目処が立つ。この時点で、はじめて民営化を俎上に上げ得る状態となろう。
この際、借り入れた財投資金の返済方法については規則の変更(繰り上げ返済の制限など)が必要となろう。また、首都高、阪神高等の改革との関連もあり、流動的な要素は少なくないが、おおむね改革の基本線は以上の方法以外にないであろう。
日本道路公団に注ぎ込まれてきた国費(税金)は最近の一〇年間で約三兆円であるから、民営化の際には、今後さらに投じられる国費も含め、それを上回る株価評価が達成されるべきである。その後は、民営化してその利益からあがる「税収」に期待するか、民営化せず年間二兆数千億円の道路収入を直接国庫で確保する途を採るか、それとも通行料金を下げることで国民に尽くすか、選択肢は広がる。
大きな問題は日本道路公団がかかえている八八〇〇人の職員の雇用問題である。これらの職員は、サービスエリア等の管理業務が増えるとしても、その六割を削減すべきだ。その方法は自然減と「特別保証退職制度」のようなものを新設して処遇する以外にない。しかし、一方では一連の真の構造改革の進展のなかで国民の将来への不安が薄らぎ、金融や住宅建設・不動産などの分野を中心に経済に活力が生じてくることを認識すべきである。
一方、道路の補修・メンテナンスなどの工事を行うファミリー企業の清算・整理後の運命については、公正な競争入札に適応する民間の生存競争が発生するだけである。また、現場工事業者にとってはむしろ中間搾取が減るメリットが生じるだろう。
高速道路の新規建設事業がなくなることによってゼネコンに影響は出る。しかし、将来のゼネコンの行き方としても、行政の下請け、政治のサイフとして公団や役所に玩ばれる存在ではなく、行政から離れて大きく創出される住宅及び都市整備事業などの主役として経済のリード役を果たすべきである。この意味でゼネコンは体質と構造の転換を迫られる。
なお、この「プログラム五」に挙げたファミリー企業の整理方針については、道路公団に限らず、政府系官企業すべてについて、基本的に第二章第三節に述べた通り、整理・清算または純資産方式による処分を行うべきである。

プログラム六 都市基盤整備公団等は民営化ではなく解体する
都市基盤整備公団は、総資産の規模で民間最大手の三井不動産の八倍強であり、年間売り上げでは四倍もの巨大組織である。そのうえ、多数の子会社を有している。
わが国の公的な不動産・建設事業機関としては、都市基盤整備公団のほかに、雇用促進事業団の天下りビジネスであり、その資本規模を合わせると民間が占めるそれにほぼ匹敵する。道路公団、鉄建公団、地域振興整備公団、緑資源公団、水資源開発公団等の不動産事業も少なくない。
これらすべてを廃止すべきである。住宅、不動産の行政企業が解体されれば、膨大な仕事が直接市場のものとなり、しかも“仕事が仕事を生む”生きた経済を創り出す。したがって一時的に職場を失う人々の何倍もの雇用が創出されるのだ。
この際、公団などの「廃止」は決して民営への移行ではなく、あくまで清算手続きを行うことが重要である。なぜなら、特殊法人は「設置法」などによって行政ビジネスとして「政策遂行」を建て前に予算が投入されてきた既得権益の一種である。市場の水には合わず「民営化」にそぐわない。現に「設置法」には廃止に際しては清算するよう謳われている。
都市基盤整備公団の清算・廃止に当たっては、いま、公団本体に四八三一人、系列子会社等に三五九四人の合計八四二五人いる職員の雇用問題が生じる。系列会社等についても原則として廃止すべきであるが規模の縮小で存続できるものは雇用問題の観点から存続させてもよいと思われる。また公団の中でも賃貸住宅については国の“政策”に従って入居した方々が多数存在しているのであるから、これには財務省が直接責任を持って今後とも別の形態(固有財産管理として)で、その管理を継続しなければならない。このための人員として一〇〇名程度が必要と考えられる。家賃収入は借金返済と高齢者福祉などの財源にあてられる。
結局、整理対象となる人数は四七〇〇人くらいとなろう。雇用促進事業団の住宅部門、民都機構、地方公社等の住宅・不動産関係の行政企業全体で二万人ほどと考えられる。これについては道路公団の場合と同様の対策を考えなくてはならない。
プログラム七 住宅ローン証券化で公庫を保証機関にする
住宅金融公庫の貸付金残高は平成一二年度末で七六兆円に達している。財投からの借入残高は七四兆八〇〇〇億円で、これまでに国が支出した補助金の累計額は九兆二〇〇〇億円である。今日これほど巨額の金融事業を政府機関で担うことは市場経済にとっても国の財政負担にとっても大きなマイナスである。
私は平成九年三月の衆議院建設委員会において、住宅金融公庫(住公)の保証機関化と住宅ローンの証券化を提唱した。
その意義は大きい。まず、民間金融機関のローン提供能力が向上するなかで、七六兆円という大規模な融資事業が住公からみんかんに放出されれば、民間金融市場の活性化に役立つ。
一方、住公は保障機関として主に低所得者層への国の住宅政策遂行を助ければよい。当面は代位弁済等のほか、必要な利子補給を行える体制はあってもよいが、住宅ローンの証券化によって利子の引き下げ、保証資金のストックが可能となる。
わが国の証券体制も、確実性の高い住宅ローンの証券事業に十分成功し得るレベルに達していると思われる。住公が、当面政府機関として(将来は民営化)保証すれば、七六兆円を超える住宅ローン債権を魅力的な金融商品(資産)として市場化することができ、回収された資金を新たな有望企業などに貸し出すことができる。
住宅ローン債券を購入した投資家には、政府保証つきであることにより、安定した利息収入が得られるため、市場の活性化と高い経済効果が期待できる。住公の中宅ローンには多数の代位弁済、ローン破綻が出ている現状を見るとき、ローンを借りる当事者にとっても「借り易さ」や返済条件において決して不利になるものではない。むしろ制度面において、従来より借り易く、利用者に有利にすることは十分可能である。
ちなみにアメリカでは、政府機関が信用を補完した住宅ローン証券(MBS)市場が七〇兆円規模の産業に発展し、「ファニー・マエ」「ファニー・マック」および「GNMA」の三社が住宅ローン債券の流動化機関として順調に活動している。たとえば「ファニー・マエ」(Fannie Mae)は一九三八年に一〇〇%政府保有の会社として設立された後、一九六八年に民間会社となり、一般の住宅モーゲージローンの取得も認められるようになった。「ファニー・マック」(Fannie Mac)は一九八九年に同様の形態となった「GNMA」は住宅モーゲージの二次市場の信用を補完する政府機関である。
アメリカの住宅金融はモーゲージ融資が一般的である。モーゲージ融資とは、融資を担保するために不動産等に抵当権を設定する融資方式であり、債務者が債権者に対して人的に返済を約束する契約証書やこれを法的に保証する書類の総称、または、その融資方式そのもののことをいう。
モーゲージは自己資産として保有することも、流動化して第三者に譲渡することも可能である。モーゲージを担保として発行させる証券が売買される二次市場の成立も可能となる。このような仕組みを日本でも発達させていきたい。
プログラム八 政府系の公益法人と認可法人を即時廃止する
現在、公益法人(財団法人、社団法人)は国、地方合わせて約二万六〇〇〇団体あるが、このうち事実上、官公庁の天下りや政治の利権を目的としていると見られるものは約一万法人である。この約一万団体を廃止し、子会社・孫会社も整理・清算すべきだ。
それらは税金でつくられたものといってよく、そのまま民間会社化するわけにはいかない。また、民間会社化したとしても、そもそもこうした系列会社は天下りがおこなわれているからこそ役所が仕事を割り当てているのであって、そうした関係が切れれば仕事は来なくなる。「民営化」は現実的ではないのである。
約一万の公益法人を廃止した場合、子会社・孫会社等を含め約五〇万人の職に直接の影響が出ることになるが、このうち約二〇万人は官公庁からの再就職(天下り)による役員であるから生活には困らない。対策が必要な失職者は約三〇万人と考えられる。この対策については後に述べる。
次に、八四ある認可法人は、子会社等を含む就業者数が約一〇万人、うち役職員が約九万人という大所帯で、事業規模は全体で十数兆円に達する。にもかかわらず納税はなきに等しいほどである。認可法人のうち、日銀は政府と独立した機関として、日赤は民間の国家的機関として確固とした位置付けを行うべきである。認可法人も特殊法人と同様、経済活動に関連する団体は廃止し、研究開発などの事業は大学や民間の機関にまかせるべきだ。政府は必要に応じてヒモのつかない支援を行えばよい。
特権的な地位にある公益法人、認可法人等の廃止は、計り知れない社会的、国家的メリットを生む。
第一に、不当に支出されてきた莫大な税金が救済される。たとえば、政府系公益法人の役員の報酬や退職金は特殊法人並みに高額だ。公益法人からさらに孫会社・曾孫会社(丸投げ先)と天下りルートがあり、そこでも巨額の報酬・退職金が支払われている。官公庁からの委託費や補助金によって公益法人、認可法人で養われている官公庁出身(課長職以上)の役員は図表4-1に示すように二万一七〇〇人余りもいる。
第二に経済活動の素材を市場に戻し市場に活力を与える。公益法人のビジネスは官公庁の権限と権威、信用、資金を後ろ盾にしているため、民間には太刀打ちできない。
第三に市場での民間企業の活動量が拡大し、その活動に応じた納税によって国民福祉の増進に貢献する。公益法人は税の優遇措置を与えられているが、多くの事業が民間に開放されれば税収の増加が期待できる。
第四に不当な得点や特権が消え、社会に公平感と勤労欲が甦る。さらには後述するように、税制の改革によって本来の公益に資する社会的活動である財団法人やNPOなどが民間の企業や篤志家などに支えられ、真に社会による社会のための社会が形成されることになる、という変革も期待できる。
公益法人の理事のうち公務員出身者のいる法人(平成9年度)
*国家公務員出身理事
国所管社団法人数 970 理事数 2,505 (うち常勤) 682 (非常勤) 1,823
財 団法人数 1,513 理事数 4,575 (うち常勤) 1,060 (非常勤) 3,515
*都道府県公務員出身理事
国所管社団法人数 2,069 理事数 4,661 (うち常勤) 1,423 (非常勤) 3,238
財団法人数 3,374 理事数 9,972 (うち常勤) 2,168 (非常勤) 7,804
*全国公益法人数
国所管社団法人 3,583 (3,776) 財団法人 3,284 (3,579)
都道府県所管社団法人 8,771 (8,779) 財団法人 10,059 (10,178)
注:上段は共管法人の重複を除いた実数、下段( )書きは、共管法人を含む延べ数である。(以上、出所:旧総理府)
プログラム九 地方公社と第三セクターを清算・整理する
国の行政企業に倣って、地方においても行政企業としての「公社」「特殊法人」「第三セクター」が一九六〇年代以降急速に増加した。前述の公益法人等とは別に、都道府県、指定市、市町村、特別区にわたって作られているこれらの行政企業は、なんと一万一三五(社)も存在している。構造も役割も、国の場合とほぼ同じだ。
地方自治体の財政破綻を招いた重大な要因もこれらにあるし、経済、社会全体を歪め疲弊させた元凶の一つもここにあるといってよい。
これらの多くは、まさしく地方公務員の天下り先として活用され、公費助成の下に生産、流通、販売、管理など広範なビジネスを展開している。福祉、教育、スポーツ、文化、娯楽、コンベンションなどの分野においても大きな事業活動を行っている。
土地、資本、設備投資、利子、納税の負担がほとんどなく、立ち行かない経営に対する個人責任はまったく問われない。東京都だけでも外郭団体に対する都民負担は年間百億円単位のものがある。それが、また地域から仕事を奪ってしまう。”公共の事業”が、いかに地域から経済を壊してきたかは各所に述べたが、卑近な例を私が住んでいる東京から一つだけ紹介してみよう。
私の事務所のすぐそばに東京都世田谷区が区画整理事業で建てた高層ビルがあり、そのいくつかのフロアを区の外郭団体が利用している。その一隅に、なんとタダで印刷をしてくれる所があるのだ。「住民サービス」というわけで、紙さえ持っていけばチラシやビラ、ちょっとした新聞の印刷ができる。二〇〇枚までというが五回に分ければ一〇〇〇枚、一〇回なら二〇〇〇枚とくらでもタダである。これでは近所の小さな印刷屋さんの仕事はますます減ってしまう。
類似のケースは日本全国枚挙に暇がない。地方公共団体も「純然たる行政事務以外は民間で」の原則を肝に銘じてほしいものだ。
地方公社と「三セク」および、その子会社等の廃止、清算も、国の改革と共に大胆に進めることがきわめて重要である。

プログラム一〇 真の公益法人を支える税制をつくる
税制の抜本的改革は不可避である。国民すべてが相応の税を負担するのは当然であるが、基本的には経済活動が主たる税の負担者とならなければならない。そして、その富をもって豊かな福祉、教育、医療、治安、防衛、外交、文化を支えるのである。
本格的な税制論議は本書の目的を超えるので、ここでは真に社会的に必要な活動を支えることができる税制についてのみ触れよう。
憲法第八九条は民間の私的な慈善事業や教育活動などに公金を支出してはならない、と規定している。つまり、福祉や教育は国(公)の仕事であるから、その費用は税金で賄うべきだと述べるとともに、民間の慈善活動に権力は介入してはならず、また利用してはならない。それは、あくまで民間(社会)が支えるものでなければならないといっているのである。
米国のような民主的イニシアティブを重んずる国においては、税制においてもこの考えが貫かれている。つまり、国民は負担額のすべてを政府に納めるか、あるいは一部を社会団体に寄付するか、選択できるようになっている。具体的には、公益団体(NPO)に対する寄付は税額から控除され、事実上、税金の納付と同じ扱いとなる。自らの経済活動の果実を自らの自由な意思で自らの社会を作るために”納付”できるのである。
わが国においても、市場経済の形成とともに、市場の成果の一部を自らの国づくりのために自らの意思で処分する税制が求められる。
プログラム一一 二〇〇万人が失職するが六〇〇万人の職が生まれる
以上、述べてきた”行政企業”の廃止にともなって、二〇〇万人以上の離職者が出るだろう。二〇〇万人というのは、特殊法人・認可法人関係の約七割と公益法人・地方公社関係の約四割をあわせた人数である。
しかし、官制経済から市場経済への革命が行われれば、市場の一部が活性化され、行政企業に活動を封じられていた経済分野で、当面、少なくとも六〇〇万人の職が創出されるだろう。これまで行政企業が占有していた事業が市場に放出されると同時に、行政企業維持のために設けられていた行政の権限や法規制が取り払われ、市場で資本の拡大再生産活動が生まれるからだ。
しかも、二〇〇万人の離職者といっても、この中には公務員などとして官公庁からすでに退職金を受けたことがあり、年金なども十分に保障されている人々も多い。たとえば地方公社に勤める五〇万人のうちの半数はそのような人々である。残りの人々にしても、厳しい民間の雇用環境からみればおおかた左うちわの行政企業が廃止となったもので、一時的に職を失したからといっても、それは理解してもらわなくてはならない。(雇用問題については別途触れる)
とはいえ、一般の職員に対しては、二年間ぐらいの「特別失職保障」を準備すべきである。このための予算は、莫大な無駄遣いからすればわずかなものである。こうした一連の断固たる措置のうえに、第二段、第三弾の変革プログラムを打ち出すのである。
長崎・広島原爆投下の日、そして富山大空襲があった

昨日、9月の定例会に備えて会派の集まりがありました。その最中、長崎原爆投下の時刻にさしかかり、黙祷を捧げる瞬間がありました。何と1分間とは長い時間か、過去の日本の、世界の「戦争と平和」「防衛とシビリアンコントロール」等、諸々な分野に渡り思いを巡らた日々をなぞって行きました。

先月26日(月)、同日~今月1日(日)に開催された「ヒロシマ原爆展・富山大空襲展」のオープニングセレモニーに参加してきました。富山市・広島市などが共同開催する初めての試みが行われました。被爆写真のパネル展示・富山大空襲の写真パネル展示を見て、あらためて「この国にも、故郷にも、こんな日があったことを」心に刻む機会となりました。

8月1日(日)午前10時~富山県鎮霊神社例大祭が護国神社で遺族関係者参列の下、執り行われ(私も参列させていただき)、同日13時30分~所を変えて、富山国際会議場で「富山市民感謝と誓いのつどい」が開催され、出席させていただきました。この日は正に「富山大空襲」があった日であり、夜は毎年(鎮厳を兼ねて)花火大会が行われる。

「郷土富山の発展に努力された全ての先人の功績をしのび感謝するとともに、今後の平和と発展を誓います」という名のもとに、「永久の火」入場、「富山大空襲の体験記」の朗読、献花が厳かに執り行われました。夕方から夜にかけては、花火大会に合わせての「西町・平和通り」を閉め切ってのサマーナイトX’masが2000席を設け行われました(地元の納涼祭後にお邪魔させていただきました)。
参院選マニフェスト制作の際の自治体議員アンケート
実は本年4月中旬頃に「自治体議員政策懇談会」のための「参院選マニフェスト・アンケート」というのがありました。その時の私の提出文を公開します。 ↓ マイク・オールドフィールドのチューブラベルズが聴こえてきませんか?
Q1
(1.ムダづかい)
成果は事業仕分けだけ、今度の事業仕分けで18の特別会計の廃止・見直しで20兆円の新財源を捻出すると言っている所に注目している。天下りしない(横滑り)官僚システムも見えてこない。企業団体献金の廃止、個人献金(NPO法人をも含めた寄付金への控除の拡充はあるのか?)。衆院定数の削減も聞こえてきません。
(2.子育て・教育)
「子ども手当て」のとりあえずの支給、高校の実質授業料無償化はまずまず。大学の奨学金の大幅拡充はどうなっているのか?調べたこともないし、聞こえてこない。
最近、聞こえてくる「子育て環境に使える財源として自治体へ」という議論は分かるし、自治体から見たらありがたい話ではあるが(「子ども手当等」の支給額はどうするのか?)・・・。そうするのであれば、保育所への補助金の青天井化(採用職員人数対応にし、幼児受け入れ人数の制限を外す)や学童保育(地域児童健全育成事業)のための行政基準を上回っていない施設への人員(管理職員)確保財源等に使うべき。そうすれば、開所時間等の基準を上回っていく施設(機関)が増える。
(3.年金・医療)
全てのマニフェスト項目に言えるが、国民に行程表を示さないと、今後の選挙で何を訴えても空々しく聞こえると思うし、選挙にならないですよ。
(4.地域主権)
「農業の戸別所得保障」は取りあえずの道筋が見えているのかな?今後どうなるか皆さん注目している。
「高速道路の無料化」の混んでいる所は有料で良いとみんな思っている。混み具合には極小・中・極大とあると思う。極小・小地域は、都会からの何れの時期かの人口分散にも繋がるかもしれないから、そんな期待も含めて全面無料化すべき。インターチェンジ地域の活性化にも繋がる(料金所がいらなくなるから、周辺国有地の民営化にも繋がる)。中地域は、地域道へ(信号を付けなくても良い地域に限る)のアクセス所(簡単なインターチェンジ)を増やせば、渋滞緩和へ繋がるはず。そういう箇所から順次無料化。
郵政事業は、未だに「郵便事業・窓口業務(ユニバーサル・サービス)の国営化、宅配量の減少に伴い人員整理」と「郵貯・簡保の完全民営化」を主張します。
地域主権の本領発揮は「基礎自治体の構築」と「一括交付金制度」をやりきること。それに伴う「地方への人材確保」と「国の出先機関の廃止・人員整理」はどうなったのか(少なくとも、現状で各省庁の地方整備局と県単位の出先機関は要らない)。「外交安全保障と厚生労働分野」以外のひも付き廃止。交付税措置の廃止。
(5.雇用・経済)
法人税率を下げるのには賛成。その代わり、作為的な赤字決算を止めさせ、きちっと税収を上げるため外形標準課税にすべき。手当てつき職業訓練制度には賛成だが、訓練分野を精査すべき(分野的に増やさなくてはいけない分野もたくさんある)。英国のようなカウンセラーへの成功報酬による再就職応援制度なども考えるべき。
地球温暖化対策(総理の温室効果ガス25%削減)をバネに新エネルギーの開発、技術革新、システム(知的所有権の日本スタンダードの構築)の輸出。例えば、小(マイクロ)水力発電機設置における「水(すい)利権」をどこが管理するのか(自治体なのか?農業用水における土地改良区なのか?一元化の法律が欲しい。はたまた、河川法の改正か?)。現行は調査・許可まで10年かかっている(これでは自治体の公共事業でオシマイ)。水利権以外は太陽光や風力と同様な補助金・売電が行えるようになっている。日照時間が短いが、縦横無尽に流れる小川・用水に豊富な北陸地域には向いている。
Q2.
14. 保育所の待機児童を解消する(認可保育所増設)。
⇒幼保の一体化の答申が6月にあると言っているが、どうなのか?
26. 「障害者自立支援法」を廃止して障害者福祉制度を抜本的に見直す(400億円程度)。
⇒進捗状況
28. 国の出先機関、直轄事業に対する地方の負担金は廃止する。(国の出先機関原則廃止)
⇒「国の出先機関の廃止・人員整理」はどうなったのか(少なくとも、現状で各省庁の地方整備局と県単位の出先機関は要らない)。
31. 個別所得補償制度で農山漁村を再生する。(所得補償制度導入:1.4兆円程度)
⇒林業はどうなりましたか?(将来に渡っての安定的な水源確保からの農林業整備と財源の仕組み)
34. 市民が公益を担う社会を実現する(NPO法人制度見直し:100億円程度)。
⇒寄付金控除の拡充(税金の一部民営化)制度を早く。自社さ政権導入時に骨抜きにされた、本来の「民間行政」という理念を確立してください。
38. 雇用保険を全ての労働者に適用する(3000億円程度)。
⇒どうなりましたか?
41. ワークライフバランスと均等待遇を実現する。
⇒同一労働、同一賃金
43. (再生可能エネルギー)全量買い取り方式の固定価格買取り制度を導入する。
⇒小水力にもだと思うが、確認したい。
49. 取調べの可視化で冤罪を防止する(ビデオ録画:90億円程度)。
「政治と金問題」で雲散霧消となった、この法案を冤罪防止という本来の議論に戻し早期成立。
Q3.
とにかく上記の項目においても、成立したのか?どうか?も見えない。どこまで進んでいるか?の進捗状況を含めて、全体的に国民の側へのアナウンスメントが皆無!行程表を周知する努力を!
例えば、英国前首相が毎朝、国民に語っていた番組の創設とか、各省庁の宣伝番組を内閣府に一元化して、成立(成立したらどうなるのか?)、進捗状況(ココが抵抗していて進まない国民の後ろ盾を求めますとか)、行程表の提示(どの事業が何時から始まるのか)。
Q4.
とにかく新しい提言より、進捗状況と行程表の明示!
Q5.
自民党には反省(過去の検証を)を、民主党には説明責任(政権交代実現で国民をほっといている。業界団体や仲間、行政官僚のために政治をしているのではない。行き詰まった時こそ、この原点に戻るべき「どっちを向いて政治をしとるねん!」ということ。)を!
そうすれば、自ずと国民に訴えるポイントが開けてくる。選挙になる。「税金・保険・年金・公共料金は国民が払っているのでしょう」選挙は何の為にあるのか?逃げている(言い訳にしか聞こえない)付け焼刃的な民主党では負ける。
交通基本法という良い法案がある。この法案成立(いつ、どのような形で提出・制定されるのか)で、行政対応・市民生活がどう変わるのか?、このまま政権を沈没させて日本を破滅の方向にもって行くのか?未来への希望を維持させるのか?は、民主党(与党)が握っている。
あまり参考にはなりませんが「米国のポリアポ」
(1)大統領下の行政府
①特徴
・猟官制・・・猟官運動
・行政府における官僚・・・生涯職公務員と大統領による政治的任用者
②統治機構
・行政府に長たる大統領に法案提出権がない→立法府たる連邦議会の権限が強い。
・行政府全体をコントロールするための機構として大統領府が重要な機能を持つ。大統領府―経済諮問委員会、国家安全保障会議、行政管理予算庁、通商代表部等。内閣―国務省、財務省、国防総省、司法省、商務省、労働省など14省。独立行政機関・行政委員会・政府公社。
・会計検査院が立法府に置かれている。
③連邦政府に雇用される公務員数 計2,971,400人(1994年9月)
・立法府 35,400人 ・司法府 28,000人 ・行政府 2,908,000人
④連邦政府における政治的任用
ⅰ.政治的任用の6種類(1988年人事管理庁資料)
・幹部指定職(Executive Levels)Ⅰ~Ⅴ。行政機関の長などの約500のポスト、上院の助言と承認が必要。
・生涯職公務員でない上級幹部職としての任用ポスト(non-career Executive Service)。生涯職公務員が付くことのできない各省庁の幹部ポストで約700(約7,000の上級幹部職向けポストの1割)。
・非生涯職公務員としての任用(non-career Executive Assignment)。一般俸給表16~18級(GS 16-18)の約15名のスタッフ職。大統領の施策を支持し、深く関与する。または主要な政策決定に重要な役割を担う。あるいは大統領の政治的に任用した幹部を補佐し、助言する。
・一般俸給表16~18級の大統領任用ポスト(General Schedule Grade 16-18 Presidential Appointment)。約15の上院の承認を要するポスト。
・スケジュールCと呼ばれる任用(Schedule C) 一般俸給表15級以下の約1,600のポスト。行政機関の長等の主要幹部との緊密な連携の下に、政策決定を遂行、機密的事務を取り扱う。(1953年アイゼンハワー大統領が創設、政治的任用の拡大)。
・その他 ホワイトハウスのスタッフ、大使、連邦検事、連邦保安官など約750のポスト。上院の承認を要するポストもある。大使、連邦検事、連邦保安官は特定行政分野のスペシャリストで、政治的任用でも、特別な資格を有し、生涯職公務員(職業行政官)と共通の側面を持つ。大使ポストは、大統領選挙の協力者への褒章としての典型的なポスト。
ⅱ.政治的任用の規模
・上記の1988年人事管理庁の資料 約3,580ポスト
・1989年ヴォルカー公務全国委員会報告 約3,000ポスト
・1922年プライム・ブック 約4,795ポスト
ⅲ.カーター政権以降の政治的任用
・カーター政権時代
・1978年連邦公務員制度改革法(the Civil Service Reform Act of 1978)の制定
・上級幹部職(Senior Executive Service=SES)の創設、SESへの報奨金制度導入。
・SESはGS16級以上、幹部指定職(Executive Level)Ⅳ・Ⅴ及びこれに相当する職にある公務員で、約8,000人。
・SESには、生涯職用ポスト(career-reserved position)と一般ポスト(general position)の二種類あり。一般ポストは生涯職公務員でも、政治的任用公務員でも可。生涯職用ポストは全体の45%と規定。政治的任用ポストはSES全体の10%以下かつ各省庁のSESポスト総数の25%以下。
・スケジュールCの任用は、76年911人→80年1,576人へと70%増。
・レーガン政権時代
・政治的任用者数の増大、政治的任用の候補者に対する政策的同調性のチェック、政治的任用の特定省庁への集中。
・非生涯職SES及びスケジュールCによる任用者数は80年~86年で263人増加。(86年~92年では102人の増加)
・非生涯職SES及びスケジュールCによる任用者が行政管理予算庁、人事管理庁、共通役務庁、司法省など特定官庁で顕著に増加。
・政治的任用を中央スタッフ庁に集中させることで、連邦政府全体の官寮機構全体をコントロールしようとした。
・最初の政治的任用者のうち全体の93%が共和党員、全体の72%が連邦政府の介入に反対。
・政治的任用者による生涯職SESの選別・降格と忠実な共和党員への交替。
・ブッシュ(父)政権時代
・連邦公務員の給与問題の深刻化。長年連邦公務員の給与引き上げを凍結・抑制。→91年連邦公務員給与引き上げ法案に署名。
・官僚機構に対する政治的任用の浸透度合いは横ばいへ。特定官庁への政治的任用の集中も見られず→官僚機構と協力関係へ。
・選挙活動支持者たちのスケジュールCによる任用戦略を採る。
・クリントン政権
・特定省庁に対する政治的任用者増加戦略を採らず、自己の選挙活動支持者たちのスケジュールCによる政治的任用戦略を採用。
ⅳ.政治的任用者と職業行政官との関係
・政治的任用者には、単なる情実任用者もいれば、政策形成において重要な任務をこなす任用者もいる。
・レーガン政権以降、生涯職SESは政治的任用者に従属、役割・地位を低下させる。←連邦政府機構内の政治化。80年代で大統領による政治的任用に限界か?。大統領による政治的任用プロセスの複雑さ。(当該ポスト職務内容の記述、任用候補者の呼集、欠員状況の把握、推薦候補者の選別、任用者のオリエンテーションの実施、政治的任用者の業績評価、の6段階にわたる大統領府人事局の政治的任用ポスト管理のプロセスと大統領以下のスタッフとFBIが関与する複雑さ)
・政治的任用者と生涯職公務員の役割のバランスの問題、政治的任用者と生涯職公務員の各ポストの区割りの問題は未解決。
・行政府内の政治的任用者の増大の一方、連邦議会が、大統領からの政治的圧力への対抗から、自らスタッフを増員、各省への統制強化をはかる。
・両者の関係の未来は、「共生」。政治家は、社会の夢を明瞭に語り、官僚ははその夢を実現するべく慎重に政治家を助ける。両者は、官僚として行動すべき点は同じ。
④まとめ
1.アメリカ連邦公務員制度の歴史からみた政治的任用―行政府の3層構造における政治的任用者と職業行政官の関係
・原則として、大統領の交代により、閣僚及び政治的任用者は入れ替わる。(5000人の政治的任用者の交代に伴い、その下のスタッフを加えて約2万人が入れ替わる。)
・行政府の3層構造とは、大統領及び閣僚の最高指導機関、政治的任用により上位ポストを占める一時的行政官の層(政治家と官僚の間の交配種又は混合種)、中堅以下の職業行政官。
・アメリカ連邦公務員制度の歴史
ⅰ.Gentlemen Government:上級階級による統治の時期(1789~1829)。公職に対する適格性が重要。家柄・成績・職歴などで判断。公職の倫理基準が高かった。
ⅱ.Jacksonian Government:一般人による統治の時期(1829~1883)。「スポイルズ・システム(猟官制、政治的情実任用システム)」(政党活動への貢献の褒章として官職に任命するシステム)の一般化。政党への忠誠に基づく公職への就職機会均等と政府業務の簡単化。
ⅲ.The Government by The Good:有能者による統治の時期(1883~1906)。「メリット・システム(公開競争試験による任用システム)」(公務員制度改革の必要性から競争試験の導入、受験者の門戸開放)[ペンドルトン法]が成立、「スポイルズ・システム」の弊害から。行政の政治的中立性、それに伴う行政の政治からの分離の必要性(政治―行政二分論)。職階制の適用範囲の拡大と成績主義の原則が浸透するも、メリットシステムは連邦政府全体をカバーできず。(注)
ⅳ.Efficiency Government:能率による統治の時期(1906~1937)。人事管理を含む労働と管理の科学の重視、「能率」の重要性を唱える。多様な専門化が進行、「生涯職」概念が発展。
Ⅴ.Administrator Government:有能な管理者による統治の時期(1937~)。行政管理の概念の発展、各省長官への集権化と彼を頂点とする合理的に組織されたヒエラルキーの発展。政治―行政二分論への批判論。
(注)理由①大統領選挙における政党組織の脆弱性、大統領候補者が自ら選挙組織を構築、そのなかで有用な人材の組織化と彼らに対する「報酬」としての公務員職の提供が必要。②多民族社会からくる官僚組織の迎合性を避け、省庁組織をコントロールする必要から、大統領として政治的任用ポストに腹心を送り込む。③大統領の自己の影響力確保と政策遂行上の影響力発揮のために、自分への忠誠を持つ公務員集団を形成することが必要。
※中堅以下の職業行政官を重視する考え方(ハミルトニアン)より、政治的任用者を重視する考え方(ジャクソニアン)が1970年代より強まる。
2.政治的任用の効用と限界
・行政の複雑・専門化等により、政治的任用者は、民間企業・研究機関・大学等と連邦政府の上層部との間を渡り歩くが、大統領の信を受け、成果を短期間に追求することを求められるため、政策の継続性を犠牲にしても、ダイナミズムをもたらす効果がある。
・政治的任用もその規模では限界あり。←大統領による政治的任用プロセスの複雑さ
・ヴォルカー委員会報告
・政治的任用者の民間部門からの登用は、政権内に新鮮なアイデアと貴重な経験をもたらす。政府の変化するニーズへの対応を確保する手助けにもなる。
・大統領による政治的任用者の人員過剰が大統領による行政府への効果的な統制を実際上脅かしている。①政治的任用者が最も適切な経験を持つ生涯職公務員を大統領等の重要な高官から遠ざけてしまうこと、②政治的任用官職に人を充てるのに時間がかかり、政権発足直後数ヶ月不必要な遅滞・無用な混乱を起こすこと、③大統領と生涯職公務員の間に政治的任用者の介在で、有能な生涯職が辞めたり、就職しなくなること、④究極的に生涯職公務員の能力の低下の怖れがあること。
・提言①生涯職公務員にトップクラスの官職への昇進機会を拡大させ、政治的任用者を削減せよ(特にスケジュールCによる任用者を削減せよ)。②準閣僚ポストに生涯職公務員の登用せよ。③各行政機関に置かれる非生涯職(政治的任用)の上級幹部職(SES)の数を現行より低く制限せよ。
(文責:津田、資料:人事試験研究NO.161「米国連邦政府における政治的任用の現状」山下勝也著)



