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会った語った

熟議「災害が起きたらどうする?」

 地域と共生する大学づくりのための全国縦断熟議熟議2012 in 富山大学
 主催:富山大学・文部科学省、協力団体:NPO法人日本ボランティア活動推進機構
 サブテーマを1.「地域を考える」×7チーム、2.「支援活動を考える」×1チームに分かれ、計82名の参加者とチームごとに1名のファシリテーターを加え、最後のプレゼンテーションも含め、5時間にも及ぶ大熟議が展開されました。私たちのチームは2.の13名で、考えられる限りの①「支援される人たちの属性分け」から始まり ②「支援し得る団体」を(ライフサイクルなども加味して)店晒しにし、③そこに関わるⅰ教育現場としての、ⅱ拠点としての、ⅲ社会的位置としての、「大学」「大学生」のあり方・役割(将来展望)を探った。
 ここでは、それぞれのテーマ、イシューについて取り上げませんが、皆さんも何人かで「思いつく限り」それぞれが出し合い、役割や「いざ!」という時に、どのように(果たして機能的に)働くのか?を、「熟議カケアイ参加の五箇条」の基に検証してみる(ゲームをしてみませんか)。さまざまなことが見えてきます。
 今回の熟議の前に、ごあいさつに立たれた方々の参考資料もリンクさせていただき、先々週の七夕の日に行われたレアな現場(雰囲気・熱気)のレポートとします。
 ①地域と共生する大学づくりのための全国縦断熟議(文部科学省) ②教育振興基本計画の検討について ③富山大学地域連携推進機構生涯学習部門「竹内章」教授 ③熟議2012 in 富山大学「災害が起きたらどうする?」資料(ワークショップ「災害が起きたらどうなる?」の時の意見集約集など)

ガレキ広域処理・試験処理済地とガレキ破砕選別施設を訪れて

 2週間前の3日(火)に試験処理施設の「秋田市総合環境センター」と4日(水)に岩手県山田町にある「ガレキ破砕選別施設」の現地視察(富山広域圏が受け入れるガレキの現地)をしてきたので、論点キーワードとレポートを箇条書きではありますが列記(下線部はリンク)させていただき、今後のガレキ広域処理のための基準や基礎知識の糧になればと思います。
【秋田市環境部】秋田市総合センター
 ①平成24年度5月、災害廃棄物試験溶融の実施(市民への公開4日間) ②6月、試験溶融の結果に係る住民説明会の開催(1回) ③7月、秋田県・岩手県による委託契約締結 ④8月、災害廃棄物の本格受け入れ開始 ⑤災害廃棄物の放射性セシウム濃度は、100㏃/㎏とする ⑥埋立地の放射性セシウムの土壌吸着率は安全を考慮し0%とする ⑦自然界にある放射性物質(カリウム=K-40):米30㏃/㎏、干昆布2,000㏃/㎏、一般の土壌・岩石100~700㏃/㎏、人のからだ60㏃/㎏ ⑧秋田市独自の推計結果(放射性セシウム濃度100㏃/㎏の災害廃棄物を15%混焼すると仮定) ⑨測定結果は速やかに公報あきた・ホームページ等で公表 ⑩空間放射線量率の推移比較(モニタリングポスト)、ⅰ平成23年3/1~3/10(秋田市=0.034~0.038μ㏜/h、盛岡市=0.020~0.022μ㏜/h)、ⅱ平成23年3/11~3/31(秋田市=0.032~0.049μ㏜/h、盛岡市=0.025~0.060μ㏜/h)ⅲ平成24年2/1~2/20(秋田市=0.030~0.044μ㏜/h、盛岡市=0.017~0.041μ㏜/h) *ほか、秋田市環境部「清掃事業概要」
岩手県廃棄物特別対策室】「山田地区災害廃棄物破砕・選別等業務委託」施設
 ①岩手県の災害廃棄物(岩手県Hp) ②平成24年5月現在(死者:4,671名、行方不明1,237名、産業被害:8,178億円) ③災害廃棄物の量≒525万t(土砂に紛れている半壊公共施設など、海中からの引き上げ分も類推して) ④焼却や埋め立て等の処理が必要な量は、約183万t(処理済は51万t) ⑤77万tは県内で、広域処理は119万tのお願い ⑥3月までに処理出来た量は、全体の1割未満 ⑦奥村組JV≒地元業者(山田町の方々が9割)で構成 ⑧産廃トラック(出入り業者)チェックを行っている(岩手県から発注される昨年12月以前に集積場として使っていた際にも) ⑨実際の作業・分別量は、受け入れ先(量)が決定されて処理されて行く
 ⑩環境省(みんなの力でがれき処理) ⑪災害廃棄物処理の現況(岩手県環境生活部) ⑫岩手県災害廃棄物処理詳細計画(概要)
 *全体的な印象は、「実際に計測器で計らさせていただいた放射線量も0.02μ㏜/h前後で、富山での一般廃棄物と変わらない」、「さらに持ち込むガレキ(復興資材・埋め立て・焼却)は、現場で破砕分別作業(地元の雇用に)されたもの」、「また濃縮放射性焼却灰は、常時の焼却灰も同じことで、ガレキ問題ではなく、寧ろゴミ問題そのものであること」ということが分かった。帰りの盛岡の宿泊先でのニュースによると、宮城県県議会で「ガレキは埋め立て堤防に使うことが決議されたとのこと」でした。

6月定例会中(休会日)の出席行事~昨日まで

 6/16 在住校区の社会福祉協議会主催の「一人暮らし高齢者」の方々を地区センター公民館にお呼びしての会食&余興とカラオケ大会が行われ、参加させていただきました。
 6/16・17 昨年参加した「富山・在宅復帰をすすめる研究会」が今年(第9回)もありましたが、うっかり予約をしていなかったので、リンクだけさせていただき、お知らせとします。
 6/17 今年2回目の「若竹朝市」11月頃まで、今年も第1・第3日曜日:朝8時~あります(15分前位から並んでいるので…お早めに)
 6/22 毎議会の中日、昼休憩時に行われる「桐朋オーケストラ・アカデミー」のミニコンサート。今回は、フルート2本とピアノのアンサンブルという珍しいスタイルで、モーツァルトの「フィガロの結婚・序曲」と「魔笛からアリアの抜粋」等が演奏されました。
 6/24 2本の陳情視察を挟んで、キャスターの安村泉さん(朗読)withミノトオルさん(パーカッションと音風景:私の30年前のバンドメンバーでした)による「金子みすゞの心の風景」コンサートに行ってきました。お気に入りの詩歌を1片ご紹介:おはじき 空いっぱいのお星さま きれいな きれいな おはじきよ ぱらりと おはじき 撒きました どれから取ってゆきましょか あの星 はじいて こう当てて あれから あの星 こう取って 取っても取っても なくならぬ 空のおはじき お星さま
 6/30 党県連の「自治体議員団会議」に引き続き、「常任幹事会」に出席
 7/1 代議士の「むねあき政経懇話会」と「村井宗明後援会女性の会」の合同セミナー&昼食会に参加させていただきました。ゲストは、厚生労働副大臣「西村智奈美・衆議院議員」です。正に「社会保障と税の一体改革」の衆院採決直後の会だっただけに、お隣の県選出の国会議員で代議士と同期とは言え、大臣の肩書きと時期、とても微妙な会となりました。私にも演壇に立たさせていただく機会を得て、「真の政治家の行動の原動力とは、理念・信念であること」を冒頭で発言、税率を上げ(増税し)なくても、増収になる方法を思いつくまま挙げさせていただきました。①歳入庁の創設 ②マイナンバー制の導入で個人資産の掌握 ③外形標準課税の導入 ④天下り法人・特別会計改革(廃止&代議士案:既得権外の民間会社も含めた一般競争入札)によるムダ遣い+税収増 ⑤行政事業の民間への業務の「のれん分け」 ⑥公共事業の民間からの資金調達の工夫を加速 ⑦出先機関の廃止・縮小(最大5重事業を2元化)…。
 7/3~7/5 我が会派の視察:今回は被災地(岩手県山田町)ガレキ広域処理のための試験処理済地(秋田市総合環境センター)とガレキ破砕選別施設(山田町現場作業地)を訪れました。詳細は後日に報告。
 7/6 党県連の緊急常任幹事会
 7/7 地域と共生する大学づくりのための全国縦断熟議:熟議2012 in 富山大学「災害が起きたらどうする?」に参加して来ました(8チーム82名で行われ、ファシリテーターを加え4時間の熟議後、プレゼンテーションを行った)。詳細は後日に報告。夜は「壁からじゃ~ん!?荒町七夕ナイト」と名をうった「旅館きよた」の裏壁に映像を投影に、生演奏で「ピカソニック」が参加。小林師匠のオリジナル曲で共演させてもらいました。
 7/8 明けて早朝は、第175回「富山市中央倫理法人会」の100人モーニングセミナーに幹事として参加。講師に「松原勝久」氏(6万人以上の国会審議請願署名を集め移植法の改正に尽力された)で演題は「生きるとは」。家に戻り休憩後は、実家地区の「らっきょ掘り体験まつり」に参加。雨模様にも拘らず、この日を待ち望んでいた多くの方々で賑わった。
 7/9 観光ホテルで、地元の「敬老会」(参加者:116名、役員27名)での「お祝いの言葉」をかけさせていただきました。内容は…
 皆さん、こんにちは。今日は年に一度の敬老会ということで、お元気でいらっしゃったでしょうか?
 昨年、東北では大きな災害(部分的には壊滅的な)がありました。福祉避難所という言葉を聞いたことがおありでしょうか?一般の避難所とは別にあるのです。関係者以外にはなかなか分からない。県や市の職員でさえ、その存在を知っている方々は少ないといいます。今回の震災で初めて、あるNPO団体が支援したことによって、把握されるようになったというのです。それもその筈、国の厚生労働省管轄で、使い古された言葉ですが「縦割りの弊害」、悲惨な現場があったとのことです。
 このように、いざ!という時に、何処にどの様な日常生活を送っていらっしゃる高齢者がいらっしゃるのか?独居でおられるのか?老夫婦だけでおられるのか?家族の方々のライフサイクルは?寝たきりなのか?介助の方はおられるのか?健康でも足は不自由ではないか?等々…近所(の力になっていただける方々)に伝わっていなかったことから、不幸になってしまわれた方々が大勢いらっしゃると聞いております。
 個人情報保護法の壁にぶちあたって、民生委員の方々や社会福祉協議会の方々が、把握・訪問できないという現状(問題)もあり、今年から富山市では、自らの情報を登録して(アンケートに応えて)いただいて、非常時(何かあった時のため)に開示するという仕組み(制度)も始めました。
 また、栗山に「シルバーケア栗山」というところがありますが、富山市では中学校区に1つ位の割合で、地域包括センターがあります。今年度からは、医師会と介護関係者が連携して24時間見回り体制の「地域包括ケアシステム」も始まっています。災害でなくとも、いざ!という時のために、また個々人の状況に合わせて、相談(プランを作成)されていると良いと思います。せっかくの制度ですから、このようなものも大いに使っていただいて、この国の豊かさを作っていただいた皆さんが益々元気でおられることを祈念して、お祝いの言葉と致します。ありがとうございました。
 中座して、午後からは「議会報編集委員会」に委員として出席しました。
 7/10 富山国際大学教授で、富山県小水力利用推進協議会の「上坂博亨」氏と面談させていただき、ある物件を例に小水力発電に関する「あれこれ」について相談させていただきました。「今後の展開・運動方針が見えてきた」そんな貴重な時間を頂きました。
 7/11~13 厚生委員会の視察:「宇部市障害者就労ワークステーション」、福岡市「放置サイクルZERO宣言」、「まもるーむ福岡(福岡市保健環境センター)」で学んでまいりました。詳細は後日報告。
 7/14 第33回「若竹パークゴルフグリーン会」のコンペに参加(神通川対岸の「婦中神通パーク場」での初会場体験)
 7/15 昨日は、アートギャラリー栄で、義理の姉の絵画仲間で、私の在住校区にお住いの「古田恵子」さんの個展に行って参りました。主に「繭」をモチーフとした象徴派タイプの作風で、「耽美」と「危うさ」が同居したものが中心で、あえて遠近法を用いないところも特徴です。
 今週は大阪でセミナーを受け、週末からは各町内の納涼祭に突入します。

全体的に涼しい(寒い)日々が続きましたが…

 5月23日(水)19時~地元の興南中学校教育振興会の総会に出席。
 次の日の朝一便でセミナーを受けるために上京(24日と25日、会場であるビッグサイト~PHP研究所~泊である友人宅へ~再び翌日ビッグサイト~帰路へ)。
 富山に戻り26日(土)は中央から幹事長が訪れての県連大会に出席(9時~地元の熊野小学校の運動会がありましたが、時間の間合いが上手くいかず、急遽、祝電を前の日に打って欠席)。
 翌27日は富山市中央倫理法人会のモーニングセミナーから始まり~*富山市公募型協働事業の公開プレゼンテーションへ(後述Ⅰ)~*とやまチャイルドライン2012公開講座を受け(後述Ⅱ)~毎年恒例の副議長就任式に出席。
 明けて28日は、5月臨時議会が開催され(ⅰ国民健康保険事業特別会計の補正 ⅱ契約案件2件 ⅲ人事案件の同意 ⅳ専決処分の承認 ⅴ損害賠償請求に関わる和解の専決処分の報告)、翌29日は同僚議員の尊父様の通夜へ行って参りました。
 1日おいて5月最終日の早朝は、*富山市倫理法人会のモーニングセミナーの講話(後述Ⅲ)を聞きに行き、6月初日は連合町内会の会員制パークゴルフの会で、親睦も兼ねてのプレイに参加。終了後は懇親会をキャンセルして、アポイント済みの黒部にある東洋ゼンマイ㈱の社長にお会いし、今後の自立エネルギーの展開について時間を頂きました。
 昨日の土曜日は神田で行われるNPO「全国元気まちづくり機構」の臨時総会のため再び上京し、夕方の会議~深夜おそくまでの懇親へとなだれ込み、翌早朝6時に帰路につきました。途中、諏訪に寄っての高齢者施設での交流会に参加し、先ほど16時過ぎに戻ってきました。気がつくと、辺りは1ヶ月遅れの五月晴れという空気感で覆われていた。

 *Ⅰ.4月13日(金)に事業説明会があり、5月1日(火)に提案団体の応募を締め切った「平成24年度公募提案型協働事業」の公開プレゼンテーションは以下の4団体によって行われました。 ①財団法人・富山YMCAによる「歌声健康わいわい」 ②追分茶屋の歴史・文化を守る会による「地域の歴史・文化資源を守るための世代間交流事業」 ③SUGOROKU実行委員会による「SUGOROKUガラスを見ながら街あるき」 ④花街道プロジェクト(花プロ)による「とやま花街道作り2012」
 *Ⅱ.今講座は、講師にNPO法人「チャイルドラインみやぎ」代表理事で、「災害子ども支援ネットワークみやぎ」代表世話人の小林純子氏を迎え、「東日本大震災のあと~子ども達のいま」というテーマで語られました。主な論点ポイントは、①虐待 ②地域の人は「3か経ってから現実を知る(停電で情報がないまま時が過ぎた)」 ③子ども達だけの空間が作れたのは良かった(「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」と「こどもひろば」を運営) ④「地震ごっこ」や「津波ごっこ」など生死に対する感覚麻痺 ⑤「取材の過熱」「外部ボランティアからの性被害」「避難先でのイジメ」 ⑥当然のことながら「子ども達を助ける」以外の人達も近づいてくる ⑦災害に備えての備蓄(モノだけではなく、「思い」や「ネットワーク」「人材」…) ⑧平時でやれていることが災害時でできるか?という備え ⑨常に五感を鍛えとくこと(アナログ的なものも) ⑩使える「お金」と使えない「お金」 ⑪補助金はあっても、補助金の申請書類が作れないという矛盾も…等々でした。
 *Ⅲ.富山市倫理法人会300回記念講話にあたり、NGO「ダイバーシティとやま」代表理事の宮田妙子氏による講演が行われ、自らの経験~NGOを立ち上げたこと~現在に至るまでの思いと動機、それに伴う行動・活動が語られました。さらに、NGO設立のキッカケとなった「ドリプラ富山」(2012年8月19日開催)も紹介されました。講話全体の内容・雰囲気はリンクで探っていただき、想像していただければと思います。

連休から今日に至るまで

 連休中は新年以来回りきれなかった所の地域回りで明け暮れました。本村地域は田植えの時期で、ほぼ誰かしらいらっしゃる。また最終日は、仕事始めの前日で在宅率の高い新興住宅地を回りました。
 そんな中、最終日の早朝に村井代議士による100人モーニングセミナーが「動き出した災害列島の真相と対策」というタイトルでありました。前提は「地震予想学者にも派閥があって、それが地理学・歴史学・統計学(数学)・物理学という学問で大まかに別れる」ということを前置きに、対策面では①地震計を海中に数十ヶ所設置(既に予算化の「海底予想システム」)し、いち早く「逃げる」体制を整えることと、②堤防も波打ち際の高さだけではなく、沖に設置する島型(「寄せる波」と「退く波」が相殺される)堤防によって、物理的に津波の規模を縮小する対策が披露された。
 7日はNPOの法人化に向けての重要理事予定者からサインを頂き、翌日と翌々日は事務所の書類の棚卸と整理。
 翌金曜日は会派事務所で昨日に行われた「都市計画審議会」の事前説明のヒアリングを受ける。
 12日(土)は連合町内会の住民で組織された若竹パークゴルフ・グリーン会の親睦パークゴルフを黒部大島パーク場で行い、夕刻からは明日のモーニングセミナーの講話の*レジュメ(というかメモ)と資料をつくり備えた。
 13日の週は予告通りのモーニングセミナーの講話から始まり、町内に戻って春季祭礼。
 14日(月)には名古屋へ向いセミナーを受け、翌々日は大阪のセミナーへと渡った(後日報告)。
 17日(木)地域(広域)衛生組合議会議員として臨時会(上市役場議場)に出向き(主な議案は「中部衛生センターの改良工事」について)、その足で「汚泥再生処理センター」建設工事の安全祈願祭に出席。
 夜は地元の教育振興会(熊野小)に出席。
 昨日は都市計画審議会での主な議案である「大沢野都市計画道路(一部・旧富山市)の見直し」について出席。その後30分ほどNPO「夢の大学」の理事会で今後について議論。
 夕方からNPO「全国元気まちづくり機構」の6月2日(土)の総会に向けての富山地区における議論を泊まり込み(氷見)で行い今日に至ります。

 *前述のレジュメ⇒ ①私のライフワークにはⅰ街頭演説ⅱ個別訪問ⅲブログのアップというものがある。 ②最近はフェイスブックも始める。 ③このSNS、主にブログをアップし続けることによって、私が考える方向に世の中が実現・進んでいているような効果が表れてきているので、その辺りの分析を中盤に、最後に結論へと話をもって行けられれば!と思っている。 ④その前に私の経歴と立ち位置をお話しさせていただき、どんなことを書き続けているのかを紹介したいと思います。 ⑤私と石井紘基さん。 ⑥官僚社会主義国「日本」(官僚と特殊法人・独立行政法人~公益法人~ファミリー企業、特別会計~官僚の天下り・再就職指定席の関係)
 ⑦政権交代で、政治主導が確立されれば、関係は変わった筈でした。 ⑧ポリティカル・アポイントメント(アポインティ)英国例。 ⑨そんな最中、3年と1ヶ月前の選挙で当選させていただきました。 ⑩スローガンは「子どもにツケをまわさない」です。ⅰ前・我孫子市長(福嶋氏)とⅱ市川市で始まった市税の1%を市民が選ぶNPO等への補助金となる(民間移譲)*キーワードは市民自治。 ⑪私の政策面でのライフワークは、持続可能なエネルギー(特に小水力)と都市。 ⑫環境未来都市「富山」選定での今後のビジネスチャンス! ⑬アクセス総数とユーザー数 ⑭ユーザーの性格(市役所からのアクセスが多い) ⑮議会が率先して仕分けをしなければならない!と感じています。 ⑯その礎となれるよう皆さんと一緒にシェアできるようにして行かられれば~と思っています。

年度末の総会ラッシュ

 私の後援会の総会は12月決算なので、新年の集いと兼ねて2月12日(日)に早々と終えましたが、5日前の今週日曜日がピークで、わが町内の1丁目が午前中、5丁目が午後から、6丁目が夜にありました。町内会では、次のような挨拶をさせていただきました。
 … 皆さんこんにちは、開会にあたり一言だけご挨拶させていただきます。去る3日前の22日(木)に議会の最終日で、来年度の予算が議決されました。今回の予算でとても特徴的なのが、後期総合計画5年も初年度に当たり、そんな中で昨年に国から選定された「環境未来都市」関連(新規)事業にあると思います。環境未来都市に選定された自治体は、東北の自治体を除いて5自治体だけ選定されました。それは、北海道下川町、千葉県柏市、横浜市、北九州市とわが富山市です。
 環境未来都市が今までの環境モデル都市と何が違うのかというと、大きく二つあって「今までは自治体だけの取り組みだったのが、産民学と自治体のコーソシアムでの取り組みとなった」ことと「今までは国からの支援がナシだったが、予算等の集中支援が得られるようになった」ことです。では中身はというと、「環境部会」「高齢化対応部会」「産業振興部会」の3本の柱から成り立っていて、わが町も類に漏れず高齢化が進んでいますが、足がなくても中心部(商業地)に何時でも便利に自由に行くことができる公共交通機関の充実(特に公共交通不毛地帯)に予算が配分されています。
 上滝線のライトレール化が最近話題となっていますが、今まで駅を中心に放射状型にバスが運行されていた時代も過ぎ、この辺りでは東西を基軸に巡回する(せめて15分に一本位の)コミュニティバスが必要となっています。富山市でも出前講座を盛んに行っていますが、是非みなさんのお力をお借りしながら、積極的に呼び込んで参りたいと思っています。
 そして、念願の新地区(コミュニティ)センターに調査費としての予算が付きました。また来年度からは、地域行事を多くの市民の皆さんと共有したいということから、県の「とやま公民館学遊ネット」を活用して、すべての私立公民館(大よそ地区センターの公民館)でホームページが立ち上がります。さらに若竹町といえば、昨年のNHKで放映されたように、自主防災組織最下位県にあって、その活動(去年は「若竹第一・第二合同自主防災会」画計4回行われた)が評価され大きくクローズアップ(富山市自主防災だより‐H24・3・23‐創刊号でも、P5に半ページを割いて紹介)され、ほかの町内にも広がっています。さらに町内活動ではありませんが、後援愛好会と若竹パークゴルフ・グリーン会の皆さんのおかげで、雑草で荒れ果てた「富山市旧浄化槽跡地」が若竹町北・多目的公園(パークゴルフ練習場)として甦りました。地域から提案し、市民ボランティア力と市政が協力してつくった「市民協働の典型例」として高く評価されています。そんな状況下での本年度の締め括りの総会が、来年度への橋渡しとなることを心から祈念申し上げご挨拶とさせていただきます…
 今年、一番早かったのが熊野校下の「教育振興会」で今月2日(金)に、15日(木)には熊野校下の「ふるさとづくり推進協議会」、町内のトップが3丁目で18日(日)、20日の祝日には自治振興会、22日(土)には熊野校下の「防犯組合連合会」、今度の1日(日)には2丁目と4丁目にあり、締め括りは若竹町連合町内会の総会でその次の週8日(日)にあります。
 それから、政治的な行事としては、魚津市議会議員選挙(4月15日・告示、22日・投開票日)があって、同僚の「寺崎孝洋さん(3期目挑戦)の後援会事務所開き」が先週の総会ピーク日の25日の13時30分~ありました。生憎の地元の総会とほぼかぶり(案の定、辿り着いた時は、ちょうど終わった直後位でした)、承知で「為書き」だけを1時間半ほどかけて持って行きました。
 最近の気になった注目記事(自立エネ以外の新聞ネタ)としては、3月27日(火)富山新聞「自治体の職場、10の無駄」不明確な会議、あふれる文書(総務省研究会、改善求める)で、①電子化されていない紙の文書②必要以上にある机や椅子③打ち合わせや応接がしずらいレイアウト④長く、中身のない会議⑤コールセンターがなく部署ごとに受け付ける電話相談⑥縦割りによる業務の重複で発生する残業⑦詳細マニュアルがないために職員によってばらつきがある業務⑧複数の課に分散した住民窓口⑨探し出すのに時間がかかる文書管理⑩電子マネーを導入しないため窓口で受け取る小銭の管理
 もう一つは2月22日(水)朝日新聞‐大阪版「議員口利き全て記録」公開の対象に大阪市)⇒こういう例こそが、他自治体が右に倣って広がりをみせて行かなければならないことなのだろう!と思う今日この頃である。

馬淵澄夫・元国交大臣が来富 !

 昨日の村井代議士の「むねあき政経懇話会定例会セミナー」において、馬淵衆議院議員の講演会が開催されるということで、地元の保育所の終了式が終わり次第、馳せ参じました。11時からだったので(保育所の終了式が終わったのが11時過ぎで間に合うわけもなく、一旦は欠席にしましたが、続いての昼食会からでもOK!ということだったので参加)、着いたときは馬淵衆議院議員の講演の終わり頃(終了を待って)、質問時間から入場した(皆さんの質問の様子から、消費税率引き上げ法案に慎重派の馬淵さんならではの考えや原発再稼動についてのリスク等が話された模様だった)。
 何れにせよ、お集まりの皆さんには「この後、各種団体や会に同行させていただく中で、特別会計⇔独法・公益法人など⇔官僚の天下り関係に対する改革が、どの辺りまで進んできたのか?聞けるのではないか?と楽しみにしています」と挨拶させていただいた(結局そういった質問も少なく、時間の関係上、詳細には聞くことが出来なかったが、「より官僚支配が強まったことだけは確認できた」というか、元の木阿弥状態に失望を抱き、寧ろ今後の政治活動・方向への目標がハッキリ見えた気がして、妙に心が落ち着いてしまった)。
 原発においては、国が負担しているバックエンド予算や再処理、事故処理予算のリスクが電気生産に入ってない(電力会社負担ではない)こと、福島原発事故の原因究明(真の原因が津波ではないかもしれない)が進んでない中での再稼動など…自ら福島第一原発の4号炉格納施設に入った経験談。
 高速道路無料化については、2009年衆院選マニフェストの政策責任者で(その時の高速道路政策大綱は、混み合い具合で「無料51%、有料49%に分ける」が正確な案だった)、1年目の社会実験で確認でき、JRの運行にも支障がなく、いざ運用という時に「東日本大震災」が起き、その後の政権でうやむやになってしまったこと。建築・建設関係においては、リフォーム需要や省エネ、スマート街区(シティ)・スマートハウス志向に、産業の新たな活性があることを提示されておられた(おりしも馬淵さんは、昨年「まちづくり」において、森・富山市長が最優秀賞で表彰された時の国交大臣で、環境未来都市選定の礎にもなったことを、僭越ながら私から話す機会もあった)。

「ごへい祭り」と「円空ふれあい祭り」

 先週の日曜日に「ごへい祭り」、そして今日「円空ふれあい祭り」が神通川を挟んだ、飛騨東街道沿いと飛騨西街道沿いでありました(両会場は、橋を渡って僅か2~300mしか離れていませんが、旧加賀藩と富山藩、関所も飛騨との県境に2つあった=今はどちらも富山市)。
 春の訪れを告げる3月の第2日曜日に舟渡にある下夕南部地区・体育館(旧・大沢野町、その前は旧・下夕村)で開かれる「ごへい祭り」。会場では詰めかけた家族連れが、炭火で焼かれた名物の五平餅(地元でとれた米を使い荏胡麻=エゴマ・味噌をつけたもの)をはじめ、トチ餅や赤カブ漬に舌鼓を打ちながら、地元の人たちの演舞・音をバックに語り合う「お祭り」です。今や90軒余りしか戸数がない地区ですが、方々に散らばって住んでいらっしゃる元・住民や親戚、川向い(神通川)の旧・細入村の住民や噂を聞きつけた人たちで、この日ばかりは例年、会場は人で溢れかえります。
 私の母の生家(伏木:母の里帰り中に私が生まれる)がある地区で、親戚・知人(同級生)も多い。父母と私と弟が故郷に帰郷して3か月後に小学校が合併し大沢野町・細入村組合立「猪谷小学校」(岐阜県・中山も)となった。今年は先週の3月11日、日舞や神通碧小学校(猪谷小は数年前に廃校、「楡原小学校」と合併した)のブラスバンド(で有名)の演奏を聴きながら、奇しくも震災1周年の日、震災ボランティア会場へと昼頃に向かい跡にした。
 そして、1週間経った今日の午前中、私の父母の住む商店(猪谷)から北へ1km行った猪谷川に、常虹の滝がありますが、そこの大滝の内側の壁面に仏像を彫ったことで有名な円空(修行僧)さん。彼に因んだ「お祭り」が猪谷関所館でありました。猪谷の地名の由来は「イノシシが多く生息していた」という説と「井の谷(水の得られやすい土地)」という説がありますが、それに因んで「猪鍋(ししなべ)」が1杯100円という破格な値で振る舞われた(「山菜の昆布〆」「らっきょう漬け」「みょうが寿し」の即売も行われた)。
 関所館長と暫くの間、飛騨街道(岐阜側からは飛越街道という、今は「ぶりノーベル出世街道」で有名)の話で盛り上がり、帰り際に楡原(細入)の旅人である左田さん(「シティFMとやま」でお互いにパーソナリティをしていた)にお会いし、立ち話に花が咲いた。その左田保さん著の「民話と伝説」から神通峡を挟んでの二話を紹介して報告とします。

 ☆舟渡の伝説「つきぬ菜」
 弘法大師が、伏木村、小糸村を通って、なお険しい道を上流へと足を運んで行かれました。やがて、飛騨の国も間近い舟渡の村の外れにさしかかりました。冬がもうすぐやってくる頃でしたので、まわりの山々の景色は、いつもより厳しく険しく見えました。
 「雪の降らぬ間に、高山まで参らねばなるまい」大師は、そう思っていたにちがいありません。急ぎ足の大師が、ふと足を止めて小首を傾げられました。何処かで子供の泣き声がしたからです。
 大師が、声の方へ近づいて行かれると、そこには薄汚い山の子どもが泣いておりました。大師が訳を聞かれると、子供は「冬の支度のために野菜を買いに里へ行ってくるよう言いつけられてきたが、途中でお金を落とした」と言って、また、しくしく泣きじゃくるのでした。
 大師は哀れに思われて「この種を蒔くが良かろう、これは年中食べられる菜の種じゃ」と、懐から五、六粒の種を取り出して紙に包んで渡されました。
 村人たちは、この種を大切に育てました。それが今では、村中に生え拡がり、「つきぬ菜」として年中、食用にされています。
 ☆蟹寺(猪谷から2㎞ほど山越えした所で、今はトンネルを抜けて車で5~6分の地)「籠の渡し」伝説
 平安時代の終わり、武士たちが、貴族たちに代わって、次第に力を持ち始めた頃のお話です。
 1159年、武士の中でも大きな力を持っていた「源氏」と「平氏」が大きな戦いをしました。平治の乱といいます。この戦いは、平氏が勝ち、負けた源氏の大将だった、源義朝は美濃の国、青墓宿(美濃赤坂)に落ちぶれて身を隠しました。
 しかし、いつの日か再び、京に上り、平氏を討ち破りたいと、考えていました。その義朝の長男が源義平です。いつもは悪源太義平と名乗っていました。悪源太義平は、飛騨の国の白川郷から高原郷へと兵を集めながら京に攻め入るための準備を進めていました。
 吉田(神岡)に住む豪族の左兵衛は、悪源太義平の勇ましさに感心し、自分の可愛い二人の娘、姉の八重菊と妹の八重牡丹を義平の妻にしてもらいました。暫くして、父、義朝が亡くなったと聞き、悪源太義平は、今こそ平氏を討たなければならないと決心して、京へ攻め入りました。義平は、平氏と勇ましく戦いましたが、平清盛に捕らえられ、遂に六条川原で打ち首になりました。年は僅かに二十歳でした。
 このことを風の便りに聞いた八重菊と八重牡丹は、悪源太義平の魂を慰めようと思い立ち、二人だけで京へ上ることにしました。そして、ちょうど通りかかったのが、飛騨と越中の国境にある「蟹寺の籠の渡し」です。普通なら、村人を呼んで渡るのですが、自分たちの身分は源氏で、しかも京へ忍んで行く旅です。村人に頼むこともできず、二人でこっそり渡ることにしました。
 先に、姉の八重菊が渡ろうとしたところ、途中で誤って、断崖絶壁の淵に落ち、激流に呑まれてしまいました。これを見ていた妹の八重牡丹は「自分一人が取り残されて、この世に何が嬉しいことか」と嘆き悲しんで、自分も身を躍らせて、この淵に飛び込んでしまいました。しばらくして、二人の亡骸は、下流の薄波の近くで浮き上がったということです。
 村人は、京にも行けず、夫の後を追った二人を、たいへん悲しく思って「よしだ八重菊・八重牡丹、名をば留めたこの谷に」と詠いました。その後、村人たちは、どのような身の上の方でも、女や子どもが、籠の渡しにさしかかった時は、両岸から綱を引くように申し合わせたということです。

第2回「全国地域 再生サミット」 in 高山市朝日町

 標高1026m、毎年4万人が訪れる極寒の地で、第2回の全国地域 再生サミットが、NPO全国元気まちづくり機構の主催で2日間にわたって行われ参加させていただいた。一昨日の2月5日(土)は、『秋神温泉・氷点下の森』で夕方の17時過ぎから始まり、内容は以下のとおりに進行した。若干のコメントを付け加えながら、以下にご紹介させていただきます。
 Ⅰ.開会宣言:高山市役所朝日支所長「松林彰」氏 Ⅱ.宴の灯り:陣屋太鼓 Ⅲ.主催者挨拶:全国地域再生サミット実行委員会代表「野尻博」氏 Ⅳ.歓迎の挨拶:高山市朝日町連合内会長「坂本好輝」氏 Ⅴ.祝辞:内閣官房地域活性化統合事務局・参事官補佐「長谷光弘」氏
 Ⅵ.基調講演:(講師)㈱木の屋石巻水産・代表取締役副社長「木村隆之」氏の演題「震災は新たな未来を創る」(水産関連200社の内98%が壊滅的な被害となった町~支援方法までの1時間に及ぶリアルな言葉群となった…)
 第2部の交流会は、ⅰ今回の実行委員長でもあり(氷点下の森を作り続けて40年、世界で最初の「シャボン玉が氷になる夢」を実現した「小林繁」氏の挨拶で始まり ⅱ.歌謡ショー:「中川美恵 氏&みどりき」氏(from埼玉) ⅲ飛び入り絶唱:青森の「テツマン」
 ⅳ大道芸:「小次郎」氏、「 コチャッピー JUN」氏、「カズマックス」氏 ⅴワンマオーケストラ:「作芸人磨心(野尻博)」氏 ⅵ心の灯りコンサート:ロウソク 1000個による未来へのメッセージキャンドルタワー…音楽と花火のページェント…と「愛と感動、笑いと絆」のステージが夜半の21時過ぎまで続いた。

 昨日の2 月6日(日)は『燦朝日館ふれあいホール』に場所を移して、早朝の7時~解散の15時頃まで、パネル・ディスカッションというより、会場を巻き込んでの熱い大討論会が(昼食休憩を挟んだだけで)、時間を忘れたかのように続いた(主なスケジュールは以下のとおり)。
 Ⅰ.NPO全国元気まちづくり機構の通常総会 Ⅱ.歓迎の言葉:高山市長「國島芳明」氏 Ⅲ.地域再生に向けた「討論会」:内閣官房地域活性化統合事務局・参事官補佐「長谷光弘」氏「奥村浩典」氏、高山市長「國島芳明」氏 Ⅳ.意見交換会:地域の元気は自ら手で① (内閣官房地域活性化統合事務局・参事官補佐「長谷光弘」氏「奥村浩典」氏、(社)地域みらい創造研究所・理事長「河田敏春」氏
 Ⅴ.絵の世界:ART GOODS SHOP CREATION HIRO「青柳ひろみ」氏 Ⅵ.意見交換会:地域の元気は自ら手で②(同上) Ⅶ.未来に向けて今必要なこと: ㈱本物研究所・代表取締役「佐野浩一」氏 Ⅷ.サミット・フィナーレ:「小林繁」氏、「野尻博」氏 Ⅸ.来年の開催地紹介:「長野・駒ヶ根」の皆さんで締め括られた。
最後に、主な発言者を(肩書と象徴的な言葉を添えて)紹介させていただき報告と致します。
 ①第1次~3次~6次産業を繋ぐポータルサイト(東京大田区の運営者)②「島」が売りの広島江田島(ふるさと体感プロジェクト)③龍馬プロジェクトの「北川元気」氏(彦根市議)④神戸牛(但馬牛)美味しいもの ⑤福島ハワイアンズ(いわき市フラガールズ甲子園
 ⑥気仙沼(熊谷さん)⑦和歌山・勝浦の台風被害(9月4日)⇒不便探し(働く→旗楽)⑧自立エネルギー120%の(葛巻町)⑨「木の人形に着物を着せる」子供の公園(射水市小杉)⑩「4万件にノックして」雪だるまの町(青森の黒石)⑪自分の家族に「誇り」を持てる(自分の家族を「誇り」に思う)⇔子供に「誇り」を伝える・自慢する(新潟湯沢の地から)⑫世界一の観光大国は中国⇒日本の田舎を売り込む埼玉人
 *会場で見つけた言葉(事の端)たち ①目標に経済効果を先に設定してホスピタリティを考え身につける⇒観光は一人当たり1万円を落としてゆく産業 ②女性の感性と口コミ力 ③癒される空間 ④本物に惹き付けられる ⑤単品の品揃えの豊富さ ⑥自分が輝く(キラキラした)大人と子供力(感動のスウィッチが入る)
 *自分で見つけた装置(交流関係の築き方⇒得意な分野をアウェイで活かす術)
 *記憶の彼方から引っ張り出してきた格言⇒チェンジ・オブ・ペース(良い意味での主客の逆転):行き詰った時の最大の休息(次への活力)は、「他の興味の対象」を一生懸命やること

私の「新春の集い2012」と蓮舫前大臣の来県

 一昨日、村井宗明(衆議院・災害特別委員長)代議士の「新春のつどい」のゲスト・スピーカーに前行政刷新担当大臣の蓮舫・参議院議員がゲストで富山に来られ、満員の県民会館大ホールで講演されました。その後の交流パーティー会場にも訪れ、僅かな時間ではありましたが、前大臣とのツーショット写真ラッシュが延々と続きました。野田総理と近い議員なだけに行革によるムダ遣いカットの話はモチロンですが、予想通りの現内閣の宣伝的な演説となってしまったのは致しかたないことでした。
 そして明けて昨日、私の後援会総会と新春の集いが、在住(若竹町)公民館で執り行われました。私の挨拶の骨子は以下のとおりです。
 皆さんこんにちは、最初に少しだけ「議会人とは何か?」のおさらいをしたいと思います。本来であれば、議員には執行権はない(行政だけの権利で)。議員は議決権だけなのです。また、議決がなければ、どれだけ良いことを言っても(市長は)執行できない。というのが民主主義です。これが基本です。
 そうはいっても、地方議員は地域を背負って当選して来ています。執行権はないけれど、行政が乗り易い環境を地域の皆さんと創りあげることはできますし、執行を促すことはできます。自主運行バスが典型的な例です。その点、この地域の方は、私より先に進んでいらっしゃる方も多いし、実際の市民自治的なことを多く試みていらっしゃいます。例えば朝市であり、パークゴルフ練習場(正式には若竹町北公園)、自主防災組織に見ることができます。
 もう一方は、国会議員の皆さんによって、法律や制度を地域の使い勝手の良いものにしていただくために、訴えを国に懇願して行く。典型的な例が「小水力(マイクロ)発電」と呼ばれる分野だと思います。私は広義で「地域自立型エネルギー」と呼んでいますが、発送電分離や地域独占を緩和した新規参入の方向性です。この前、村井代議士から朗報として、「水利権」習得が簡素になる法案が閣議決定されたと聞きました。
 私が訴える「用水の2次使用によって、第1次産業の活性化」、「中間山間地の林野から、この田園地帯、さらに富山湾へ」、持続可能な基幹産業県・富山のインフラ再整備へと…。まさに「水」に象徴されることに尽きますが、その方向へと急速に舵を切り始めました。
 嘗ては、脱穀用に製粉用の動力源として富山には、水力で回るスクリュー式の動力が農業用水路をはじめ、1万ヶ所に設置されていたそうです。家電のように使える日まで「あと一歩」のところまで来ています。
 約2年後には、新幹線も来ます。日本海側(最大の)拠点港も決まりました。富山市は中核市(随一の)近未来都市にも認定され、1万平方メートルの敷地に150件を有するエネルギー自立都市(スマート・シティー)の着手に取り掛かります。さらに、小水力や多機能型デイサービスの総合特区県ともなりました。
 日本の(いや、地域の)転換期に求められる政治の姿は何か!と考えていたら、「パッションとスピード」だと感じています。国民の皆さんが求めているのは、決して、合理性ではない。「困難と思われていることに挑戦する態度」と「やり抜く行動力」。
 新たなる政治任用制度(ポリティカル・アポイントメント)、当局や官僚に「胡麻をするのではなく、使い捨てるのではない」、公金投入で彼らの砦である外郭団体を用意してあげるのではなく、「彼らの能力を認め活かせるシステム(社会づくり)」ということだと確信しています。抜本的な改革は「一時、今より悪くなるかもしれない!」、だけども「ほって置いたら、最悪の未来になる」ということだと思います。
 来年は、私にとって再選のかかった年になります。皆さんと共に歩んで行ける「議員」として、がんばって参りますので、後援会を盛り立ててやってください。

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