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むらなかブログ

二度目の落選…

支援者の皆さまへ
このたびは本当に多くの皆さんのご協力・ご尽力をいただいたにも関わらず、お応えできない結果となり、言葉も見つからないぐらい、心からのお詫びを申し上げます。今回も私の力が及ばず、皆さまの民意を託していただくには至りませんでした。
とても厳しい状況にありながら、普段の日常をおしてでも事務所に詰めて頂き、ともに助け合いながら選挙戦をたたかっていただいた、若竹町連合町内会をはじめ熊野校下、または細入・大沢野地域及び、地域を選ばない同志の方々、人目を憚ることなく快く司会や応援弁士を受けていただいた諸先輩、皆さんの意思に報い得ることができず、本当に不甲斐なく思っています。
「皆さんが額に汗してつくった税金や年金・国民皆保険、公共料金が生活現場・仕事現場や教育現場、地域社会で目に見えるように実感できるような富山市へ」、政治の道を志してから私はいつも呪文のように、この言葉を自らのキャッチフレーズとしてきました。
今後とも富山市民のため、この試練を糧に「その地域らしさを取り戻す」運動に精進して参ります。これからも変わらぬ、ご指導・ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。

先ずは遠回りかも知れませんが、「里山資本主義」完遂と旧飛騨街道(西街道、東街道~大久保道・布市道・笹津道≒現ノーベル街道)観光化のためのNPO法人と、バリアフリー楽団と就労支援充実のためのNPO法人の立ち上げに邁進いたします。

後援会総決起集会 3/25 @2017

今日は土曜日の一家団欒の時間にもかかわらず、たくさんの方にお集まりいただき、ありがとうございました。
富山に戻って来て13年の月日がたちました。国会議員の秘書時代から支えていただいてきた皆さん。私の出身地である細入・大沢野地域の皆さん。そして、政治家として育てていただいた、熊野校下はもとより地元の若竹町の皆さん!今日この日から私は恩返しの日々へと変わって参ります。

10年前にこの地に立って

① 歩いて出かけるスーパーマーケットがなかった

② 地域公共交通と、お出かけ定期券が市民病院と星井町以北でないと100円で行けない
③ 田園の法面や側溝の除草対策(農家の後継者不足でマンパワーが足りない)

④ 熊野幼稚園の廃止問題
そして、水や資材・エネルギーを古くから、この豊かな大地を支えてきた、方々の里山の過疎化においては、深刻度がピークに達しています。
8年前に議員になって
① 通学路の確保
ⅰ歩道の除雪
ⅱ橋の欄干のメンテナンス
ⅲ興南中学への通学路の確保(土川の橋上の融雪装置):PTAと融雪組合の協力もあって

② 子育て支援で保育所の増設等を市政報告会の開催を重ね☞議会度で訴えて、幼保の一体化(認定こども園の許可がおり増設)
③ 私道を市に移管等で、除雪を行政で
④ 用水の中島化(1丁目)を解消
⑤ ゲリラ豪雨&洪水対策(用水は市の管理だが、使っているのは農家においての取水、住宅地においての雨水用水として)☞休耕地や耕作放棄地、転作の奨励で用水の水門管理が従来通りにならなくなった☞市に用水マップの作成と管理の依頼☞5丁目の側溝回収に側面から支援させていただきました

今後の課題
① 4月から要介護支援1&2の厚労省から市への助成がなくなる☞新たなる支援策を市町村の自治体が独自に策定中☞4月から新しいスキームができる。
「若竹みんなの家(高齢者サロン)」(市内では岩瀬)が先駆けのような施設がある。運用段階で地域に使い勝手の良いものにしたい☞それを各地に全面展開したい
② 今世紀に入ってから日本の地に訪れる観光客は僅か500万人ほどしかいませんでしたが、人口減少時代の日本にあって、2010年に観光立国「日本」を宣言し、昨年は、速報値で2500万弱の皆さんが日本でお金を落とされた。

ここ熊野校下は、旧飛騨街道の布市・笹津道と大久保街道に囲まれ、加賀藩の東猪谷関所、富山藩の猪谷関所に通じています。関所を境に飛騨は、資材・エネルギー面から江戸幕府の直轄地でした。街道沿いには様々な人たちが行き交い、多くの野仏や地蔵がそこここに見ることが出来ます。当然のことながらソコには多くの物語があり、そこから見えてくる風景には観光資源としての宝に溢れています。
③ 何卒、私を市政壇上へと上げていただくためにも、これからも皆さんと相談させていただきながら、「子育て支援」や「高齢者対策支援」等、若いお母さんたちの働く時間と場を確保等して地域経済の更に活性化、皆さんと相談しながら「地域コミュニティ」の発展に尽くして行ければと考えております。

昨日「村中たかゆき後援会りんじ事務所開き」がありました

10年前にこの地に立って
① 熊野校下に新興住宅地が1200件ほどあるこの地にスーパーマーケットがなかったこと
② 地域公共交通と、お出かけ定期券が市民病院と星井町以北でないと100円で行けない
③ 熊野幼稚園の廃止問題☞跡地は新設部分が耐震構造☞市が中学校単位で児童館という話もあった(5年前)
8年前に議員になって
① 通学路の確保
ⅰ歩道の除雪
ⅱ橋の欄干のメンテナンス
ⅲ興南中学への通学路の確保(土川の橋上の融雪装置):協力(興南中学校のPTAと5丁目の融雪組合)
② 子育て支援で保育所の増設等を市政報告会の開催を通して意見徴収☞議会で数度訴えて、幼保の一体化(認定こども園の許可がおり増設)
③ 私道を市に寄付☞市道のアスファルト化で除雪を行政で(上栄と森田他で)
④ 用水の中島化(1丁目)を解消
⑤ ゲリラ豪雨&洪水対策(用水は市の管理だが、使っているのは農家においての稲作、住宅地においての雨水用水と側溝)☞休耕地や耕作放棄地、転作の奨励で用水の水門管理が従来通りにならなくなった☞市に用水マップの作成と管理の依頼☞5丁目の側溝回収に側面から支援させていただきました
やり残した課題
① 田んぼの法面や側溝の除草対策(マンパワーが足りなくなっている)☞NPOの活用
② 公共交通の推進
③ 市街化調整区域によるスーパーの新設☞富南会館の新設の際に市街化調整区域の見直しがあって、青地を白地に変えた☞次回の市街化調整区域の策定(5年間)に期待!
④ 4月から要介護支援1&2の厚労省から市への助成がなくなる☞新たなる支援策を市町村の自治体が独自に策定中4月から新しいスキームができるが、「みんなの家」(若竹、岩瀬)が先駆けで、運用面で地域に使い勝手が良いものにしたい☞それを各地に全面展開したい
⑤ 何卒、私を市政壇上へと上げていただくためにも、これからも皆さんと相談させていただきながら、「子育て支援」や「高齢者対策支援」等、若いお母さんたちの働く時間と場を確保等して地域経済の更にの活性化、皆さんと相談しながら「地域コミュニティ」の発展に尽くして行ければと考えておりますので、後援会活動ならびに選挙において、ご支援・ご協力のほど宜しくお願い致します。
里山資本主義
① 旧細入・大沢野地域はこの地とノーベル街道、旧飛騨街道として繋がっている地域です。
② かつての資源の宝庫であった「里山」は、過疎化が進み荒れ放題になりつつあります。
③人口減少化時代、労働生産人口激減の時代に合って、観光は日本経済の伸び代と言われています。
④ 里山とここ田園住宅地、中心市街地を繋ぐ、村中隆之の出身地を代表して、彼を大いに使ってやって欲しいと思います。

富山市政に再チャレンジ! 持続可能な富山市へ…未来の子ども達・おとな達へ…そして今!

今世紀に入って、日本は「限られた財源」の中、「地域のことは地域で決める」という道州制をも視野に入れた「分権国家」へと着実に進んで来ました。しかし現政権は、むしろ中央集権化へと舵をきりました。私は今一度「地域主権・出先改革」を推進するために「金太郎飴のような日本」から、疲弊し始めた地方の「その地域らしさ(自立できる多様な日本)」取り戻す運動を始めよう!と、方向を同じくする元県会議員等とともに地域政党「新政とやま」の結成へと歩み始めました。
愛する日本!しかし現状は、従属を強いて自立させてくれない「この国の教育」と、それに群がる議員等の権力亡者に溢れています。最近の富山市議会議員等による「政務活動費の不正受給」は、このような緊張感のない(市民不在の)政治的背景が生んだ代物です。
昨年はAI元年とも言われ、政府が成長の中心に据えましたが、「人が人を支え合う社会が本来の私たちの社会ではなかったか?」とても危機感を持ちました。改めて「もう一方の地域社会の実現」に向けて、市政にチャレンジします!

主な「村中たかゆき≪プロフィール≫」
富山市猪谷出身 富山市若竹町在住
学歴:細入村・大沢野町学校組合立楡原中学校~県立八尾高校卒業~国立富山大学中退
2017年現在:富山市熊野自治振興会理事、若竹町公民館副館長、若竹町連合町内会副会長(地域公共交通推進委員長)、アースデイとやま実行委員会委員、神通峡再生物語メンバー
故衆議院議員・石井紘基秘書(世田谷区太子堂&国会事務所)~元衆議院議員・村井宗明秘書(富山市館出町事務所)を歴任
2009年4月 富山市議会議員に初当選~2013年4月 富山市議会議員選挙にて77票差で次点惜敗
党派の推移:民主党☞維新の党☞新政とやま(国政無所属)結成へ
影響を受けたミュージシャン:昨年他界したデヴィッド・ボウイ
1978年2月~83年2月 ライヴハウス-メディア経営
2004年10月~06年7月 シティFMの番組パーソナリティ
2013年12月~15年1月 NPO法人・全国元気まちづくり機構の職員

一連の政務活動費の私物化に対して

かつて、議員時代に在籍していたところの県連代表も不正…ただでさえ私は疑われそうな立ち位置に以前は居た訳で、私のこれ以上のイメージ・ダウンは心外で、火中の栗拾いに!仕立て上げられないためにも…千載一遇のチャンスでしたが、苦渋の選択!一旦、補選は退きます(状況次第で一転するかもしれませんが)。
会派決算で構造的な問題である以上、尻尾を出さない人達への追及が今後の問題解決のキーワードです。今後の議員資質を有権者が問うのであれば、政活費の立て替え後払いと個人決算にして公開して行けば、「今より何にどう使われているのか?」がハッキリし、「どの議員が誰のために何をしたいのか?」が今よりは明確になる。さらに納税有権者の選挙の際の選択肢の材料にもなる。
今のままでは、何が何だか分からないまま、単なる一般市民のガス抜きで終わってしまい、事件の有意性は失われ兼ねない。このまま何人かを吊し上げるだけで終わってしまえば、何年後かにまた違った形で構造的な問題は現出する。これだけの騒動を起こしたのだから、何が何でも!少なくとも民主主義の今一歩の進展に繋げなければならない‼
かつての会派に記録が保管されていた5年分の内、私が在籍していた11年~13年4月23日分の政務調査費は、視察、勉強会・セミナー・フォーラム、ネット関連・ 電話・郵便DM代&市政報告リーフレット印刷代等の案分計算分(私の市政報告会は後援会主催で会費制なので、政務活動費として計上されていない。一連の報道を聞いたとき、彼らの市政報告会が政務活動費として使われている実態にはビックリした!)の調査をいただいた結果、正当に使われていることが判明しました。問題なし!とのことで、一つ心の重荷が降りました(良かった‼)。ただ事務に任せっきりにしていて、会派と個人との支出関係を把握しておらず、自身の活動の潔白性を主権者に対して即答できない状態が続いたのは、当時の私自身の欺瞞であったことは否めない。

参院選の投票箱が閉まるまで2日半

初夏の候、皆さまにおかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。月日の経つのは早いもので、議員であることから一歩退いて、3年と3か月が過ぎ去ろうとしています。

思えば7年と9ヶ月前に辻立ちを始めさせていただき、「子孫の時代につけを回さない」「金太郎飴のような日本!…中央集権・官僚主導から地域主権・国民主導へ」をスローガンに、その一端を担いたい!と願い、その半年後には富山市議会議員としてバッヂを付けさせていただき、さらに4ヶ月後には政権交代を皆さんの力で勝ち取ることができました。 その3年半の間に(スローガンの)前者においては、一定の道筋をつけることができましたが、後者の大改革においては「声」を上げただけの結果に終わり、さらに近年おいて我が国は「未曽有の震災」を経験することともなりました。特に「地方の再生には、出先改革に始まる『分権と一括交付金が必要』!」という政治的なモティベーションを掲げながら、なかなか叶わない現実を目の当たりにして、忸怩たる思いの4年間の市議会議員生活でした。

今から遡ること6年前、この富山の政治的状況においても、それらの政策をより純化して、世に登場してきたのが「みんなの党」「維新」の流れをくむ政治勢力であり、ブレない理念をを正々堂々と掲げ、その物言いにはおいては私の「羨望の眼差し」を持って、「いつかはその流れに合流しよう」と考えていました。丁度その時に国会議員として登場・誕生されたのが、小矢部市在住の柴田巧・参議院議員でした。私は市議会議員時代に、その想いとは裏腹に「その流れ」に乗り遅れ、仕舞には選挙において再選どころか、次点という憂き目に会い、その節は「皆さまの想い」を集めることができず、心から申し訳なく思っております。 実はその後、一連の流れの中で、この富山の地でも「維新の党」が結成されたとき、参加させていただく機会を得て、富山市支部の副会長を仰せ預かったのが、今年の始まりでもありました。あとは皆さんご存知のような政治状況となって(私は未だ民進党には参加はしておりませんが)現在に至ります。

当然、今の民進党の中にあっても、その流れを組む「理念を共有した」先輩であられる柴田巧・参議院議員の再選を果たさせていただくために、皆さんのお力を貸していただきたいのです。何卒、参院選の2枚目は「しばた」(だけで大丈夫です)と宜しくお願いいたします。

想定・飛越西街道(猪谷関所~五福) – 梶田さんノーベル物理学賞受賞記念

飛越東街道・笹津以南~飛騨市以北(梶田さんノーベル物理学賞受賞記念)

飛越東街道・大久保道(梶田さんノーベル物理学賞受賞記念)

飛越東街道・布市道(梶田さんノーベル物理学賞受賞記念)

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